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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

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今日は十年ぶりの大阪城。

スケッチの下見に行きました。

谷町4丁目を降りて、つまり大阪城の南西側から天守閣へ向かい、
北西側の天満橋から帰路に向かいという
西側のルートで大阪城が魅力的に見えるポイントを探してきました。



ということで

大阪城十景(西側編)
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天守近く、南西側から、、

ここは観光客もまばらなところ。


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本丸に入ってすぐのミライザ側からの姿。


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これは中々のショットではないですか?

あまり見慣れない大阪城のスケール感がダイナミックに捉えられた。


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 「 しゃちほこの 舞い上がりし うろこ雲 」



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ど〜〜〜んと西日をしっかり受けて堂々。

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北側から来ると、一気にまじかで眺めることになる角度

写真スポットでした。

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極楽橋と大阪城

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京橋橋口の大阪城


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天守閣は本丸の北側にあるので、
北の掘り沿いからは、その姿がずっと見ることができました。



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西日もだんだんと山吹色になり、

お別れムード。



歩いて天満橋まで帰りました。




この十年、姫路城、土佐城、松山城、
和歌山城、名古屋城、彦根城、牧岡城など

お城を見てまわってきましたが、

大阪城の堀の大きさに、あらためて、
でっかい!!

と感じました。
いや、、大きいです。






















by hamaremix | 2018-10-03 03:11 | 日本の美 | Comments(0)
約400年前に煙となって消えた
安土城と大阪城の狩野永徳の膨大な障壁画。

このイメージが頭から離れません。どんなスケールだったんだろうな〜。

しかし、しかし、よくよく考えてみると
やはり焼けてしまい、残らなかったということは、
その絵の運命だったのですよね。

私も含め今の作り手のように、作ったものを後々迄に残そうなどという
発想が当時無かったのではないか?
信長も秀吉も自身の住むお城に、自身のイメージに合った絵を
永徳に描かせたはずで、

その絵はまさに、信長や秀吉のものだったはず。

信長が本能寺で焼け死んだ時に、
安土城の障壁画も後を追うように、豪快に焼けた。

秀吉が病死した時に、
大阪城の障壁画もその輝きを失ったはず。
いや、絵そのものは変わらないのだが、
着るべき主人が亡くなった服が、オーラを失うように
やはり、住居であったお城の障壁画も
何らかのオーラを失ったはずではないか?

うん、あれは焼けるべきして焼けて無くなっただ。

当たり前のこと言ってますが、

そんな風に想い至りました。

まぁ、狩野永徳にしたら、残って欲しかったなぁ〜っと
思ているでしょうけれどね〜。




話は全く変わります。笑

先週の日曜日、南千里へ行ってあのカワセミを見た日ですが、
あの日には別なレアなものにも出会っていたのです。

ひとつはハッピーくん
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ハッピーターン号に乗ってやってきたようです。
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とっても陽気なハッピーくんでしたが、

もうひとり地味な奴がいました。
ちょっと不気味な感じが先立ってて、
名前が思いだせなかったのですが、

この人です。
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顔が病人みたいで覇気がなく、見られると怖いので、
子供には嫌がられてました。


チャルメラおじさんでした。


以上、阪急千里線南千里駅前からでした。










by hamaremix | 2015-08-31 23:52 | ライフ | Comments(0)