ブログトップ

浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

hammererix.exblog.jp

浜本隆司のブログ

カテゴリ:日本絵画の星(近代編)( 4 )

今月は月岡芳年の絵をづっと見てきましたが、

、、、


とにかく凄い数の作品がありまして、、、


それを短時間でひとつひとつを感じ、理解し、楽しむには

全くもって無理だと確信しました。



ますます、この月岡芳年という画家の大きさに

打ちのめされました、、、ほんと、、


ですので、今回2回目ですが、

今まででのようにさらりと(なかなかそうはいかない画風ですが)紹介しておくことにしました。


日本絵画の星-38(近代編)02-2

月岡芳年


(つきおかよしとし)1839-1892


月岡芳年

明治6年に強度の神経衰弱に落ち入ってしまいます。


数年に療養ののち復活を果たし、またすざましい制作活動に専念していきます。




「大日本名将鑑」明治十年~十五年(1877-82)

《神代から江戸まで、歴史の名を残した偉人たちのオンパレード》


d0218056_08234322.jpg
「上毛野八綱田」

ドラマティックとしか言いようがありません。

上毛野八綱田は日本書紀にみえる豪族。垂仁天皇5年
狭穂彦の反乱の際に将軍に任命され、
火打で自殺に追いやった。




同じように日本史のなかから歴代天皇を描きます。

「大日本史略図会」明治十二年(1879)

《日本神話の神から歴代天皇ファンタジー》


d0218056_08282644.jpg
「 第十五代神功皇后 」


洒落た色と構図です。


神功皇后は朝鮮出兵で有名ですが、住吉大社を作った人でもあり、

祀られていますね。



d0218056_08312780.gif
 「 第八十代安徳天皇 」

源平合戦の最後、壇ノ浦の戦いで二位尼に抱かれ入水した悲劇の天皇ですね。




「芳年略画」明治十五年(1882)

《ユーモアが散りばめられた戯画の世界》


ここはユーモラスな芳年の絵の世界。

疲れ果てた桃太郎の帰還ですか、、、笑

d0218056_08353071.jpg
自分が描いた幽霊の図が本物になって現れ驚く、、、絵師




「芳年武者无類(ぶるい)」明治十六~十九年(1883-86)

《研ぎ澄まされた色彩に、武者(歴史的英雄)絵の新鮮味を感じるシリーズ》


伝統的な武者絵として描いたようで、

武者絵の完成系がここにあります。全33図


有名な一枚

d0218056_08391726.jpg
 「 畠山庄司重忠 」


畠山庄司重忠とは鎌倉時代の武将、頼朝に仕え

木曾義仲追討ののち奥州藤原氏征伐で功を上げた人物。




d0218056_08424321.jpg
 「 木下藤吉郎 」

いわずと知れた秀吉。
朝井長政・朝倉義景との姉川の戦いで
討ち取った首をかかげている。



さぁ、月岡芳年にはまだまだ膨大なシリーズがありますが、

ここは私の好きな絵だけをピックアップしておくことにしますね。



〈三枚続画帖〉明治十六~十八年(1883~85)

《大判錦絵》


三枚絵といわれるワイド画面に真骨頂を感じるのは私でけではないでしょう、、


なかでもこれが一番好き。


玄関に飾っておきたいです。


d0218056_08492653.jpg
「 藤原保昌月下弄笛図 」


かっこいい〜〜。



それと私がとっても驚いた構図と動きの絵がこれ
d0218056_08505995.jpg
「 義経記五条橋之図 」

義経が弁慶に初めて会い戦った五条橋の絵、、

う〜〜ん、すばらしい。




さて、六甲アイランドで開催された「月岡芳年展」で始めて見た
西郷隆盛を描いた何枚かの絵が衝撃的でした。

当時の人も英雄とされた西郷が政府と戦い、自決に追いやられたことも
衝撃だったのでしょうね、、、

その場面を月岡芳年が描いていました。

西郷の自決は城山の洞窟でのことが史実ですが、
月岡芳年の時代にはそのことは知れれてなかったようで
このような図になっていました。
それはそれです、、、

西郷の最後のことばは

「もうこのへんでよか」

でしたよね。

d0218056_08562809.jpg
「 西郷隆盛切腹図 」明治十年


そして、最後にはこれです!


日本絵画史上最も怖い絵


 「 奥州安達がはらひとつ家の図 」

迷信というものの怖さ残酷さが近代の目で描き出されています。

くわばら、くわばら、、

d0218056_09002998.jpg

最後に後半の作品シリーズを資料的に貼っておきます。

「雅立功名艦」明治十年(1877)《歴史に名を残した武将たちの、若き頃の強くてたくましい姿》

「大日本名将鑑」明治十年~十五年(1877-82)《神代から江戸まで、歴史の名を残した偉人たちのオンパレード》

「大日本史略図会」明治十二年(1879)《日本神話の神から歴代天皇ファンタジー》

「皇国二十四功」明治十四年・二十年(1881・87)《古今にわたり功をあげた二十四人を描いたシリーズ》

「本朝忠孝鑑」明治十四年(1881)《日本人の持っている強さと思いやりの手本、忠孝の精神を描いた物語》

「教訓善悪図解」明治十三年(1880)《いま一度、善と悪を確かめてわが身を問う教科書》

「芳年略画」明治十五年(1882)《ユーモアが散りばめられた戯画の世界》

「芳年武者无類(ぶるい)」明治十六~十九年(1883-86)《研ぎ澄まされた色彩に、武者(歴史的英雄)絵の新鮮味を感じるシリーズ》

〈三枚続画帖〉明治十六~十八年(1883~85)《大判錦絵》

「芳年漫画」明治十八~二十一年(1885~88)《芳年の真骨頂、イラストレーション的錦絵のはじまり》後期の代表作

「新撰東錦絵」明治十八~二十二年(1885~89)《精緻な筆が細部をとらえ、大画面に描く色彩の魔術師の人気のシリーズ》後期の代表作

「月百姿」明治十八~二十五年(1885~92)《江戸浮世絵に対する芳年の追慕の念が浮かび上がってくる最後の大作》

「新形三十六怪撰」明治二十二~二十五年(1889~92)《神経病とたたかい、苦悶のなかで三十六図の連作を仕立て上げた。最晩年の妖怪・怪異画の集大成》

「月百姿」明治十八~二十五年(1885~92)《江戸浮世絵に対する芳年の追慕の念が浮かび上がってくる最後の大作》

〈竪二枚続作品〉明治十八~二十二年(1885~89)《大判錦絵》

〈三枚続作品〉明治元年~二十三年(1868~90)《大判錦絵》

「見立多以尽」明治十~十一年(1885~92)《日常生活のなかで見せる、粋な明治女性の艶姿》

「新柳二十四時」明治十三~十四年(1880~81)《花の新橋・柳橋、芸者たちの二十四時間密着取材》

「東京自慢十二ヶ月」明治十三(1880)《艶やかな明治美人が案内する東京名所》

「風俗三十二相」明治二十一年(1888)《近代美人画のモデルになった、江戸から明治の美人列伝》

「全盛四季」明治十六年(1883)《根津遊郭の大松楼、四季の風情と人間模様》


「郵便報知新聞」〈新聞錦絵〉




月岡芳年 完


by hamaremix | 2018-04-22 09:03 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(0)

いよいよ登場

月岡芳年


私の思い入りが強いので、長くなりそうなところ、

でも、まだ芳年の作品をしっかり理解できていないので、

落ちついてやります。


何しろ一時、「無惨絵!」「血みどろの浮世絵師」と呼ばれた月岡芳年


閲覧注意の絵も沢山あるので、

グロいものが駄目な人は、


ここで立ちどまって、考えてから進んで下さいね。



日本絵画の星-38(近代編)02

月岡芳年

(つきおかよしとし)1839-1892


月岡芳年

の絵の魅力に取り憑かれて人は

江戸川乱歩、三島由紀夫、横尾忠則、

国粋主義者的な人から人生の闇を知る人までいますが、

常識を嫌う個性的な人たちばかりかと。


12歳で歌川国芳に弟子入り、

20代最初から絵師として活躍。

様々なシリーズを打ち出しています。そのシリーズを追って

月岡芳年の作品を紹介していきましょう。




「通俗西遊記」元治元年~慶応元年(1864~65)

《西遊記の名場面を二十六歳の躍動的なタッチで描く》


「西遊記」は幕末でも人気があったのですね。

d0218056_07582394.jpg
にぎにぎしい〜。
d0218056_07583677.jpg
ほっほー、北斎ばりの斬新さ。



「和漢百物語」慶応元年(1865)

《日本と中国の怪奇談と英雄にまつわる幻想世界・芳年初めての妖怪画》

d0218056_08000866.jpg
「頓欲ノ婆々」
これ月岡芳年展でも異彩を放って記憶に残る一枚ですなぁ〜。

d0218056_08000362.jpg
「入雲龍公孫勝」

入雲龍公孫勝とは水滸伝に登場する108人の豪傑のひとり





「美勇水滸伝」慶応二年~三年(1866~67)

《幕末当時の小説や芝居好きにはたまらない読本や合巻の登場人物を描く》


d0218056_08052948.jpg
「炎出見命彦」

日本の古き時代をとっても感じさせる色彩です。

d0218056_08064385.jpg
「二木辨之助」

芳年の絵はいつも動いてると感じます。



「和漢豪気揃」慶応二年(1866)

《金太郎、鬼若丸や平維茂といった力持ちや豪傑を描く》


d0218056_08085670.jpg
「鬼若丸」

男の子は強く、元気でなくてはいけません。
という美意識!!
ですね。




「近世侠義伝」慶応元年~二年(1865-66)

《利根川沿いの縄張り争いを描いた侠客シリーズ》


d0218056_08104506.jpg
「生魚長次郎」

いわばやくざ同士の戦いの絵、

首が!!!!!


日本では約160年前まで、勝負の勝ち負けは
首をとるかどうかだったのです!!

維新の志士たちも負ければ首をさらされたりしてました。


猛々しい、、というか、
怖い、、、、




さて、
月岡芳年の代表作
が次です。


「英名二十八衆句」慶応二年~三年(1866-67)

《落合芳幾との合作で芳年最初の代表作・歌舞伎における殺しの残酷シーンを絵画化》


d0218056_08154224.jpg
「勝間源五兵衛」

d0218056_08155054.jpg
「古手屋八郎兵衛」

ここで、版で摺った絵の上に
膠に溶いた赤を手書きで書き加えて、
艶をだすこともこころみました。

血の表現にこだわったのですね。




「東錦浮世稿談」慶応三年~四年(1867-68)

《人気のあった講談を題材にした全五十話のシリーズ》


幕末から明治初頭、

どんな日本人が人気であったのか、私はとっても興味があるのですが、

この芳年の

シリーズに登場する人物達のほとんどを私は知らない。


詳しく知る程に、当時の日本人の価値観も

わかるというものですが、、

d0218056_13505723.jpg
「 幡隨院長兵衛 」

17世紀江戸でのヒーローだったという幡随院長衛。
入浴中に襲われ、血まみれになっている、、、、
くだりらしい、、




さて、もうひとつの月岡芳年の名を上げた代表作。


「魁題百撰相」明治元年~二年(1866-67)

《古今の英雄たちの名で彰義隊の戦いを描く》


日本人同士が

血を血で洗うような戦いをした江戸の彰義隊と新政府軍の戦い上野戦争。

芳年は悲惨な戦士たちの姿をスケッチに出かけたという。


しかし、相手は 新政府の敵にあたる隊。

政府に批判されるので、

古今の英雄たちに例えて彰義隊の彼らを表現したようです。


d0218056_14015251.jpg
「駒木根八兵衛」

銃口が見るものに向けられる、新しい構図で、
真に迫る。


d0218056_14032013.jpg
「鷺池平九郎」

楠木正成に使えたという伝説の人物。
観音寺村出身というところから観世音の文字がみられる。


d0218056_14063414.jpg
「 森力丸 」




この頃までの呪われたように描き続けた芳年
はいよいよ精神に疲弊が見られるようになったという。

そりぁ〜、こんな絵ばかり描いているとおかしくもなりましょう。

そのおかしくなってきた頃のシリーズ


「一魁隨筆」明治五年~六年(1872-73)

《和漢の物語の主人公が勢揃い》


d0218056_14111221.jpg
「燕人張飛」

色が明らかにおかしいし、デッサンも異常な感じがします。


d0218056_14132690.jpg
「犬塚信乃 犬飼見八」


瓦が落ちているののが描かれているので、
このふたりは屋根から落ちている、まさにその瞬間!

映画的手法で、びっくり構図。


これはとんでます!!!





芳年
はしばらく休養ののち復活してきます。
そこは2に!


ということで、月岡芳年 前半終了です。





by hamaremix | 2018-03-24 08:19 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(0)
ちょんまげの人の自画像。
しかも油絵による。

ちょっと滑稽です。
d0218056_07471616.png
髷は小さく、顔の陰影が強調され、
本来そんなに凹凸のない顔の平面性が崩れています。
ロウソクの光の元で鏡を見て描いているはずですが、
正面を向いていません。

何よりもその品のない顔立ちの肖像画っていうのが
おかしいのかもしれません。

でも。この肖像は「日本油絵の父」と呼ばれている
高橋由一の自画像なのです。



日本絵画の星(近代編)01
高橋由一
(たかはしゆいち)1828-1894

高橋由一といえばこの絵で有名。
たぶん誰でも教科書等で見て知っているはずです。

d0218056_07544398.jpg
「鮭」

ああ、しゃけ!

この絵は近代絵画の夜明けを代表する作品として
記録されています。

もう一点有名なのがこの絵
d0218056_08115306.jpg
「花魁」 1872

花魁の油絵!
不思議な感じがしますね。

歌麿の美人画とかを思いだして下さい。
なんか、生活感がにじみ出ていて、うっとり出来ません。笑


高橋由一以前にも油絵を描いた絵師はいましたが、
高橋由一ほど生涯を油絵にかけた人はいませんでした。

しかも
明治維新後から大いに活躍した人ですから、
「西洋画の移入」という意識もとても強かったようです。
実際に西洋画の普及を自分の使命と感じていたようです。


高橋由一は江戸生まれの佐野藩(佐倉堀田藩の支藩)の
武士でした。
小さい頃から絵が上手かったそうですが、家業の剣術指南役が忙しかったそうで、
本格的に絵に取り組めたのは30歳を超えたあたりからです。

きっかけは
嘉永年間のある時、西洋の石版画に接して、
日本や中国の絵とは全く異なる迫真的な描写力に衝撃を受けたことでした。
それまで狩野派の先生に習ってはいたものの、
以後は西洋画(以後「洋画」)の研究を決意したようです。


1866年本格的にイギリス人のワーグマンに指事
翌年はパリ万国博覧会へ出展しています。


高橋は人物を静物も風景も描いています。
鮭等の静物画が一般にはよく知られています。
それは、その必要なまでに細部を描き込んだ、
リアリズムが世界の何処にもない独特の描写だからではないでしょうか。

d0218056_08164639.jpg
「豆腐」1877

豆腐がぷるんぷるんしてます。
しっかり焦げてもいます。
揚げもかりっとしてます。

綺麗とは言えません。

リアルな美でしょうか。


明治維新の頃の日本の生活文化を
写真以上に写し取っているのではないでしょうかね。
湿り気や匂いまで感じれます。
絵の凄さですね。


これらの静物画は香川県の金比羅宮に収められ、
私もハルカスの金比羅コレクションで実際に目にしました。


私の好みは風景画です。
かなり以前に愛知県美でみたこの絵の色彩は今でも
よく覚えているほど、新鮮でした。

夕ぐれの風、温度、湿度を感じました。

d0218056_08240315.jpg
「不忍池図」1880

空の明るい青緑と雲の薄オレンジ色。
しっかりと洋画(バルビゾン派的)の技法を獲得したうえでの絵心。

木々の葉っぱと雲の同調した動きもここちいいです。



d0218056_08341410.jpg
「愛宕山より品川を望む」


東京湾が光輝いています!




d0218056_08281564.jpg
「山形市街図」1881-82

一点透視図をつかった市街図。
左右の建物の高さにちょっと曖昧な感じがありますが、

人々の往来に生き生きとした街の空気がよく表現されています。

いいですね〜。


d0218056_08354297.jpg
「酢川にかかる常磐橋」1881-82

主題である常磐橋を中心に飽きさせない構図を作っています。



d0218056_08383450.jpg
「江ノ島図」



風景画の最後にこれを、


d0218056_08393037.jpg
「本牧海岸」


それまでの茶色の陰の暗い江戸の絵のイメージから開放されます。

ここにいたってはうっとりとするような
自然の長閑さ、美しさを表現出来て、
なんでもない風景が宝石のように輝いています。



「洋画の父」と呼ばれる高橋由一も
その後日本画に受け継がれる歴史画も油で描いています。



d0218056_08454476.jpg
「日本武尊」


何と野太い!!





洋画の父
THE FATHER OF WESTERN STYLE PAINTING

高橋由一

でした。













by hamaremix | 2018-02-18 08:50 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(2)
d0218056_08181625.jpg
小林古径「清姫」1930


きっかけは「日本画が面白いよ〜」
ということを言いたくって始めました。

「オーロラドライブ」には、
「日本絵画の星」というカテゴリがあります。
室町時代から江戸後期まで
日本人画家として知っておくべき絵師を36人
時に教科書的に時に個人的嗜好の視点で紹介してきました。

ぱっぱっとテンポよくいきたかったのですが、
その画家のことを調べたりしていると、どうしても簡単にいかなくて、
(薄い内容でもそれなりに自分でソシャクしてるつもり)
2015年4月から最近まで約3年間で36人、
月に1人みたいな超スローなペースになってしまいました。



一応、江戸後期の歌川国芳までで、一区切りとし、
これからは
「日本絵画の星(近代編)」という新たなカテゴリで
あまり知られていなくても、それまで以上に面白い絵画を
沢山紹介していこうと思います。

江戸後期に入って西洋画の存在が
鎖国の国、日本でも知られるようになり、
その克明な写実性と透視図法による遠近法に、
多くの画家が憧れを持つようになります。

そして、伝統的な日本絵画に西洋画の技法を
取り入れるようになっていきます。

今の視点からいうと、
平面性の強い日本絵画と疑似三次元空間を追求した西洋絵画は
全く違う対極にあるものといってよく、
その2つをひとつの画面にひとつにするには
大きな矛盾をかかえることになります。

その、矛盾をどのように絵のなかで解決し
自身の絵の世界として展開するか、
画家たちの静かな戦いの姿を見ることになります。

結局それは、
私たちの文化全体の矛盾とイコールといっていいでしょう。
完全なる「和」の世界に開国による
「洋」が入ってきて、
どう折り合いをつけるかといったことと同じだったと思います。


まぁ、堅苦しいこともありますが、
絵は基本的にエンタテイメント。

しみじみと、先人達の美の世界を味わっていきましょう。


お楽しみに。









by hamaremix | 2018-02-17 08:38 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(0)