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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

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浜本隆司のブログ

カテゴリ:未分類( 112 )

日本全国的に寒波が押し寄せてきました。
朝から、とっても寒〜い。

あ〜〜、どうなることやら。
今日は月に一度の野外スケッチの日なのです。


行き先は
京都西山(長岡京市です)

阪急長岡天神駅からバスで10分程、西山の麓にあります、
「光明寺」です。


正式名称は「 西山浄土宗 総本山光明寺 」

観光的にここは紅葉でとっても有名なお寺です。

秋にはほら
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光明寺HPより

しかし、人での多い時期にはスケッチはむかないので、
冬のこの静かな時期に、閑散とした
枯れ色の境内をスケッチすることにしました。


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総門です。
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総門から女人坂と呼ばれる石畳の坂道参道をまいります。


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右手は「観音堂」、そして正面がとっても立派な「御影堂」

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御影堂から観音堂を振り返る。




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「御影堂」の右手にある「阿弥陀堂」

御影堂と阿弥陀堂の奥には、奥の韻ですかねぇ、

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御影堂までは緩やかに高台を歩くことになるのですが、
意外と高いところにあるのでした。

下にある社務所にいく階段からは
とっても絵になる風景が見えます。

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今日はここでスケッチされる方が多かったです。



下に降りて御影堂を望みます。

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広い境内はなかなかのものです。


今度は秋に観光で訪れようと思いました。



「光明寺」

文治元年(1185年)に、かの源平の戦いで有名な熊谷蓮生(れんせい)法師(熊谷次郎直実)が戦いの明け暮れから、積もる罪業を償い極楽往生の道を求めて法然上人を訪ねました。
「どんなに罪は深くとも、念仏さえ一心に申せば必ず救われる」との、あまりにも有り難いみ教えに歓喜し、直ちにお弟子となり剃髪しました。法力房蓮生と名付けられ、数年のご修行の後、喧噪の吉水を離れ、静かに念仏を称えられる地を求めて、建久九年(1198年)に、上人ゆかりの地、粟生広谷に寺を建て、法然上人を勧請して入佛落慶法要を営み、開山第一世と仰ぎ、自らは二世となり、上人からは「念仏三昧院」の寺号を頂きました。これが光明寺の発祥です。



by hamaremix | 2019-02-10 20:53 | Comments(0)
昨日、今日は
未来志向でたくさん映画を観た!

買いためたDVDを見なくてはと、、
「バイオハザードⅡ」
「2001年宇宙の旅」
「ガタカ」

そしてアマゾンプライムで
「インターステラ」
そして
「黄色いゾウ」(これだけ邦画の話)


「バイオハザードⅡ/アポカリプス」
先週「バイオハザードⅤ」を買ってみたので、
そこでジル・バレンタインの登場回が見たくなって「Ⅱ」を
手に入れたんです。
とにかくセクシーでかっこいいんですよね、ジルは。



バイオハザードを見る時はもう、10代の気分で観てますね。www



次の「2001年宇宙の旅」スタンリー・キューブリック監督は
公開時、私が親父に連れて行ってもらって
梅田のOSで観たのを強烈な印象で覚えてる映画です。
私が観たいと言ったのか、親父の意志でが私を連れて行ったかは
覚えていませんが、
私が外で親父と映画を観たという記憶はこの映画しかありません。

たぶん、それまで他にいっぱいアニメや怪獣映画に連れて行ってもらったとは思うのですが、、
やはり、この映画のインパクトは半端ではなかったのでしょう。

「ツァラストラはかく語りき」の音楽!
原人が空に骨を投げるシーン、
モノリスが月で見つかるシーン
コンピュータHALとの闘い
抽象的な次元の長〜〜いシーン
そして謎だらけの最後のシーン

50年前に観てこれほどの記憶に残っているのはこの映画だけです。
私のハリウッドSF歴はここが原点でしょう。

この映画が私の与えたものは計り知れないと思う。


本当に素晴らしい映像美で
宇宙時代という未来への憧れ、未来への警鐘、時空の謎、生命の謎、といった
哲学的命題をつきつけられます。



「宇宙の旅」脳になった私は
すぐさま初めて「インターステラ」を観た。

この映画に関しては何も予備知識は無かったです、、

なので、展開が読めずとってもスリリング名気持ちで観れました。


地球環境が壊滅的になった未来社会で
昔ながらのアメリカ人とその家族の感情が
最新のSFXの画像を通して
感動的に語られていきます。

見終わってググってみましたがかなり評価の高い映画とあって
納得しました。

でも
絶対の「2001年宇宙の旅」へのオマージュともおもえる映像が沢山ありました。





最後は「ガタカ」

ググってSF映画名作30みたいなのを検索して知りました。

未来社会が設定ですが
宇宙は出てきません、
が宇宙飛行士というエリートを夢みる、
遺伝子がそれほど優秀ではない青年の話。
「ガタカ」というのはNASAみたいの宇宙局の名前です。

SFXなどもさほど無く、懐かしい映像(1990年代作)ですが
しかし、未来感は映像でしっかりしかもスタイリッシュに表現されていて
楽しく、スリリングでした。

未来社会で起こりえる遺伝子情報による
個人能力の査定みたいなのがテーマになってます。









by hamaremix | 2019-02-06 18:32 | Comments(0)
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〈絵カレンダー36〉
「病める子」エドワルド・ムンク 1885-6


疲れていてるのはわかってましたが、
絵を描き始めました。
昨日。

いつもより1/3程度の時間しか描かなかったのですが、
最後くらいで、ちょっと曖昧な表現で気になりだしたところがあって、
大きく絵の具でグレージング(絵の具の薄重ね)をしました。

はっ、、
慎重さが欠けていました、、、
まずい、と思い、すぐさま
布で拭き取りました。効果も考えてですが、

でも、

やはり仕上げ段階、
疲れている時にやるべきでなかった、、

と反省しました。

いったい、何年絵を描いてきているのでしょう?わたし。
初心者同様のことを時々やっています。





もう、何年も会ってなかった知り合いの女性が
この9月に亡くなっていたとわかりました。

とっても、明るい性格で
かわいい綺麗な方だったのですが、
以前から病気がちだとは聞いていました。



今年もらった年賀状を読み返してみました。

「 両親が入れ代わり交代で入院して、ツカレマシタ。」

との言葉が、、



60歳でした、、






by hamaremix | 2018-11-21 08:05 | Comments(0)
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今日は荒牧バラ公園のバラ薔薇ばら


彼女らは、荒牧48, AMK 48と言います。笑



秋晴れの綺麗な太陽光線のなか、ばら薔薇のいのちが輝いていました。

それにしても神、あるいは仏、あるいは創造主がつくりだす造形は
全くもって非の打ち所がなく、
完璧なものか、、、、

薔薇はそんな神々の造形の象徴ではないか、、、

などと大げさな言い回しでしか、言えません、、、、



あっ、、、でも、
品種の改良は人間か、、、、、


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貴方は、どの種がお気に入りですか。




by hamaremix | 2018-11-11 22:39 | Comments(0)
今、五木寛之氏の「親鸞」を読んでいるので、
親鸞が若い頃、比叡山で修行をしても悟りをひらけなくって、
毎日、比叡山から100日通って、道を開こうとした六角堂に行ってみたいと思っていました。

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静かなお寺をお参り出来ると思って行ったのですが、

えらい人の賑わい、、、、

綺麗に着飾った、いや過剰にハイ・ファッションのギャル&ご婦人方の多いこと、、

六角堂の人気って???



山門を入ってみると、

えらくオシャレな出店(屋台)が、、、

お祭りやってるんだと、分ってよく見たら、
赤い暖簾にシャネルのあのマークが、、、


ああ、

シャネルがこの六角堂のイメージに合わせて
イベントを行っていたのでした。

シャネル祭 「レッド・セレブレーション」

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聖徳太子がひらいたと言ういにしえのお寺で
シャネルの現代的なセンス、流石がだと思いました。
シャネルが、、、


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私には全く縁のなかったシャネルですが、
今日、縁が出来たと思いました。笑


六角堂はまた、生け花の発祥の寺ということもあり
隣に池坊会館があったりします。

そこにもシャネルイベントをしていました。


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ですが、

六角堂の境内の姿をジックリ楽しむには、
人が多く、盛り上がるすぎていたので、

また今度来ようって思い、今日はあっさり出てきました。

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スイーツ巡礼って、、、、、








by hamaremix | 2018-10-21 21:27 | Comments(0)
高校時代はオタク。
高卒以来3年間は浪人。

ひとり遊びが好きな私が、18,19,20,21才の頃大学受験の浪人時代
この間に、社会からはなれ、オタク度が増し、
私の地味な性格がさらに深化したんだと思います。

そんな私が大阪芸大入学後は思いもよらず人間(友達)関係が異様に広がり、
さまざまな遊びを知らず知らずに覚えていったような、、、、


中でも、ディスコで踊る楽しみを知ったことは、
それまでの私からは想像もできないことでした。

人前で踊るなんて、、、
絶対に絶対にあり得なかった、、、


ですが、
後の世代の友達たちは普通に踊るものですから、
踊らないでいることが、逆に不自然に感じました。


ひとたび踊ることを覚えた私は、
誰よりも過激に暴れるように踊ってハイになる、、
というような、まぁ歓喜でしょうね、
そんなダンス体験を沢山しました。
(あっ、大概はお酒の力を借りますが、、)


今、思うと、踊ることが出来たこと、
それはなんか、それまでの自分の殻をかなりぶち破れた
体験だったように思います。



当時はディスコの曲は踊るためのもので、
あまり思い入れはないのですが、
ここ数日、この画像を見つけてから、
この曲が、とっても好きになりました。


50代以上の人は、知ってますよね「ハッスル」


この動画、とってもなんてことはないのですが、
(昔の)男の人には単純に楽しめるんではないかな。
ふむ、楽しいよね。

でも、女性はどうかなぁ?



音楽の深い森 365
ヴァン・マッコイ&パンズ・ピープル Do The Hustle







オマケ動画

パフューム版「ハッスル」




by hamaremix | 2018-10-19 21:16 | Comments(2)
「鹿児島ゆかりの作品」展
本日終了しました。

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右「フェニックス/浜本隆司」です。




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「フェニックス」2018 4-8





お越し頂いた皆様ありがとうございました。

今回、来られた方々から、素敵な感想やアドバイスを頂いて、
嬉しかったです。

よく言われることですが、

たかが絵、されど絵

の精神で自分のありったけのものを込めて、
高い山に登って行こうと思います。


楽しみの中に苦しみ、
苦しみの中に楽しみ、
喰わねど高楊枝、
諸行無常の響きに笑い声
花鳥風月
草木国土悉皆成仏、山川草木悉有仏性
グレートトラバース
ひとりジブリ
そして
光と爆発







by hamaremix | 2018-10-06 20:29 | Comments(2)
またまたもらいましたお菓子。

お菓子をもらうって「幸せのお裾分け」ですね。

ビニールの袋を開けると海老の香りがぷ〜〜〜ん、、

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えび焼せんべいです!!


うますぎ!


今日のお菓子365 (227)

土佐「四万十のえび焼せんべい」


詳しいデータは見つかりませんでした、、、


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おねんさんありがとう。



by hamaremix | 2018-09-29 20:20 | Comments(0)
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今日は高槻市原地区へスケッチに来ました。

まさに広い原の町。

まぁ、何ということのない田園風景ですが、
都会のJR高槻駅からバスで10分程北へ向かうと、
急に長閑な田園風景がひらけて、はっとする新鮮な視界が目に入ってきます。

この原地区はかっては原村と呼ばれ、
江戸時代の名勝地のガイドブックである「摂津名所図会」に掲載されているぐらい
有名な観光地だったようです。
さらに古く紀貫之が「古今和歌六帖」に

『原の池に生ふる玉藻のかりそめに君をわが思う物ならなくに』

という歌も残してますが、「原」で通るほどの地域だったようです。


今日は
しっかりお彼岸前に咲いた曼珠沙華と借り入れ前の田園、そして日本家屋群。
天候にも恵まれました。


みなさん、初秋のいい風景が描けました。





by hamaremix | 2018-09-16 20:13 | Comments(0)

私の画浪人時代、、

高校を出たものの美大、芸大受験のため

浪人していた時代。


大阪、京都(関西)には美大芸大受験の塾が多くありましたが、

大阪よりかなり多い数の塾が京都にあったようです。


京都の◯○塾は有名な先生がやってるとか、

あそこは古い歴史のある絵画研究所だとか

噂が流れて、世の中に情報に疎い私なんぞも知っていました。



当時、何故か浅井忠という画家は有名でした。


なんでも京都の美術研究所の重鎮の重鎮という

話でした。


どんな絵を描くのかと気になって見てみると、

古〜〜い日本の風景を、

土臭く描いた油絵で、

昭和のテレビ第一世代の私には、

なんとも土臭い絵なのかと、面白みの無いこと〜〜〜

っていう印象でした。



残念な書き出しになりましたが、

本当の感想なので、、、



日本絵画の星-42(近代編)06

浅井 忠

(あさいちゅう)1856-1907



浅井忠の代表作と位置づけられていて重文でもあるのがこれ

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「 春畝(しゅんぼ)」1888年



この2年後、こちらも代表作
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「 収穫 」 1890年

「この頃、浅井の描いた日本の農村風景を見るとわかるように、
浅井がめざした写実とは見るものに安心感を抱かせるような情感を含んだ
リアリズムである。
ただ単に克明に対象を写すと言う意味での写実から
自然や人間の観察を基にしてそこに表れる自然観や生活感を
写すものに変化していることがわかる。/古田亮」


よく喩えられるのはミレーで、
日本のミレーなどと、、言われて、、、、


確かに自然をリアルに写すことよりも、
自然とともに生きる農夫や漁師の生活が浅井忠の主なテーマだと思います。

制作年代が分らないのですが、

これなども

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ミレー風です。


ですが、キリスト教が背景にあるミレーに比べると、
辛い生活感がにじみ出てくるしかないので、
まさにリアリズムと言えそうですが、
ありのままは辛いですね。



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農夫帰路 」 1887

当時の日本でも色彩はもっと豊であったはずなのに
この茶色ベースの色彩は
西洋古典絵画の一面的な捉え方からきているのではないでしょうか。


浅井はイタリア人画学教師アントニオ・フォンタネージに師事して、

彼から絵を習っているのですが、

フォンタネージの絵も茶色っぽいんですよね。




ですが、浅井のデッサン力は確かなものです。



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農家室内 」 1887


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「八王子付近の街 」 1887


このスケッチ風油絵なんかは、

当時の写真以上にこの時代の空気感が伝わってきます。




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藁屋根 」 1887


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「 綾瀬川付近ペン画 」1885年



これから約10年後の作品

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「 漁婦 」1896年


この絵の描き方には少し軽ろみが感じられます。





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「 武蔵野 」1898年

これは、、、あれ、、武士を描いてますね〜〜

/ 本作品は、武士が鷹狩りをする場面を描いたものである。

猟犬を連れた犬引きが、背丈よりも高い草むらに潜む野禽をおびき出し、

その獲物を鷹匠の放った鷹がいまにも捕えようとしている。

本作品は、農村や漁村の風景を主題とした作品にみられる浅井独特の情感の表出に乏しく、

歴史画風に描かれている。

また、武士の装束や馬などが克明に描写され、彼が得意とした脂っぽい色調ではなく

明るい色調で全体がまとめられている。

1905年(明治38)に彼は東宮御所東二の間の綴織壁飾の原画として《武士の山狩》を描いているが、

本作品はそれを連想させる。

武士の姿を歴史上のものとしてではなく、むしろ現実のもののように描いたところに、

武家出身の浅井らしさがある。/net 引用




1900年(明治33)から2年間フランスに留学しています。


グレーという地方を描いた水彩や油絵も有名です。




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「 グレーの洗濯場 」




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「グレーの森」 1904年


描く風景が違うと、絵も変わります。





こちらは最晩年の作品


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「 雲 」1903-07



とてもいいです。






さて、最後にプロフィールです。


浅井 忠

佐倉藩士の子として生まれた浅井忠は、

イギリスで洋画を学んだ国沢新九郎の画塾彰技堂に入門した。

同年、工部美術学校に進み、イタリア人画学教師アントニオ・フォンタネージに師事する。

1889年(明治22)には洋画団体である明治美術会の創設に加わり、

同会主催の展覧会に《収穫》(1890年、東京藝術大学大学美術館)

など多くの作品を発表した。

1900年(明治33)から2年間フランスに留学した際、パリ万国博覧会を訪れ、

アール・ヌーヴォーをはじめとするヨーロッパ芸術に魅せられた浅井は、

図案制作に関心を抱く。帰国後は京都高等工芸学校、関西美術院などで後進を育成した。


安井曽太郎梅原龍三郎石井柏亭津田青楓向井寛三郎を輩出しており、

画家としてだけではなく教育者としても優れた人物であった。また、正岡子規にも西洋画を教えており、

夏目漱石の小説『三四郎』の中に登場する深見画伯のモデルとも言われる。

1907年12月16日、心臓麻痺のため死去。
























by hamaremix | 2018-09-15 10:46 | Comments(0)