富岡鉄斎/最後の文人

富岡鉄斎は1836年、
京都三条で、法衣商の家に生まれます。

10代で一流の師について幅広い学問を学びます。
そして20代前半に長崎に遊学し長崎南画派の指導を受けることで絵を学びます。

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日本絵画の星-41(近代編)05

富岡鉄斎

(とみおかてっさい)1836-1924


このお人は、、、仙人か??


いえいえ、、仙人ではありません、、

しかし、ほぼ仙人のような生き方をした人のように僕には思えます。


生涯「画家は私の本職ではない」といいつつ、

画家としての名声を高め、

幕末〜明治〜大正を生き

文人たる

「万巻の書を読み、千里の道を行く

を座右の銘に、幼少の頃から学者を志します。



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その学問の領域は桁違いに広い。


まず富岡家の家学である石門心学から始まり、

国学、勤王思想、漢学、陽明学、詩文にまで及んでいます。



余技だという

絵画にしても南画(文人画)を中心に、

大和絵、狩野派、淋派などから

幅広い様式を学び吸収している。


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「大江捕魚図」



しかし、一般には南画の画家として知られているのはご承知の通り。


その南画って、苦手でした、私。


ですが、


2〜3年前の兵庫県美の「富岡鉄斎展」や

日本絵画の星で南画の画家を知るうちに、

少しずつその良さは分ってきたところですが、

自分には出来ない絵の様式なので、

やはり、得意ではない。



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「名古曽関」

このように今で言うライブ感が大切なんです、、
私、ライブ苦手なんです。




でも、

文人画の精神は好きです。


知識として世界を知るけれど、何ものにもとらわれない

その超俗という、浮世離れした精神の在り方は、

ある種のこころの理想ではないでしょうか。



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「秋華洞」

この絵、いいです、ほんとうに。


鉄斎は「千里を行く」を実践し、
日本各地を旅して自然を写生したそうです。

中でもいくつかの富士山の絵は、素晴らしいです。

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「富士山図」


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この辺りの絵は南画風ではなく、鉄斎独特の表現の追求の成果が
実を結んでいると感じます。


富岡鉄斎
橋本雅邦とほぼ同世代ですが、
画壇とは距離をおいていたようです。

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「蓬莱仙境図」

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「古木図屏風」

まさに自由奔放。


こんな絵もあります。


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「西郷南洲相撲図」

西郷どんの相撲を取る図ですね、、笑





生涯にわたる「余技」という絵の枚数は
約1万枚点、、、、、



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最後に富岡鉄斎
北摂にゆかりがあります。


清洲荒神の奥に富岡鉄斎美術館がありますので、

みなさん、是非。



















by hamaremix | 2018-09-12 18:14 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(0)