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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

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浜本隆司のブログ

究極に変な絵 1

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「達磨図」曾我蕭白

いよいよ曾我蕭白(そがしょうはく)の登場です。

日本美術史上、こんなに奇っ怪というか自覚的な狂気を感じる絵師はいません。
蕭白を愛する研究者の方でさえ、
「奇想の画家」「無頼の画家」「鬼っ子」などと紹介しておられます。
曾我蕭白を見てしまうと若冲でさえ、調和の美しい、日本美の顕在を感じるほどです。


今日はその曽我蕭白の代表作を見て、
いったいこれは「何をどう考えて描いたらこうなるのか?」ということを
私なりに絵から考えてみたいと思います。



その代表作とは「群仙図屏風」です。


究極の絵画27(究極の変)
曾我蕭白 群仙図屏風


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群仙図屏風(上・右隻/下・左隻)

知っていますか、このけったいな絵?笑


全く初めて見る方は、かなりの違和感を感じているはずです。
あまり見たくない、アブナイ空気を感じたはずです。
これが日本人がしかも江戸中期にこんなものを描いたのか?と

この絵を部屋に屏風として飾りますかね〜〜〜。そう素朴な疑問です。


この感覚は日本人の感覚とは思えないですよね。
これが曾我蕭白なんです。



では、
ここからは、この絵が何を描いているのかを具体的に見ていきましょう。

まずこの絵はもとは大名の京極家に伝わったと言われていて、
若君の誕生を祝った絵だと推定されています。

描かれている人物は仙人たちで、
仙人は当時、不老長寿を表すものとして描かれました。
その仙人達の間には、鶴、鯉、唐子、ガマガエルなどの
長生や多産、富貴のシンボルが描き込まれています。

なのでその内容から、この絵は「吉祥画」に違いないと思われています。

なのになのに、この仙人達って、、、です、、、、、




ではでは、
右隻の画面右から描かれているものを見ていきましょう。

先ずはこの人

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董奉(とうほう)という人物

なんですか、ウナギを口にくわえたように見える髭。
そして、強風で髪の毛が右にたなびいています。
そしてこのボロ服。

瓢箪と巻物を持っていますが、
この人、中国三国時代の呉のお医者さんなのです。

董奉(とうほう)は病を治しますが、
銭は取りません。重い病人は5株、軽い病人は1株、治療費の代わりに杏の木を植えさせました。
そして育った杏の林をトラに見張らせたと言われました。
杏を盗む者は虎に噛み殺されます。
盗人の家族が董奉に詫びをいれると、董奉は盗人を生き返らせます。
余った杏は売り払い、穀物に換え、貧しい人や旅人に与えたという聖人でもあるのです。

画面左下に虎の顔が見えますが、
左にいる鳳凰とにらみ合っています。




次に右隻のなかので特に目立つように赤い服を着せた人物がいます。

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簫史(しょうし)といいます。
簫史は春秋時代の簫(しょう/竹で作った笛のようなもの)吹きの名人なのです。

お姫様と結婚して、二人で簫を奏でつつ、舞い降りてきた鳳凰に飛び乗ったという
ロマンティックな逸話の持ち主。

赤い服でこの赤い顔、、、、

そして白い鳳凰。

赤と白の強いコントラストに眼が釘ずけにになります。


彼は最初の董奉と違って服装は大変優雅です。

が、酔っぱらったような赤い顔そしてその目つき、、、、



典型的な簫史(しょうし)の絵を参考に見てみましょう。
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一般的な簫史像

うむ、まっとうです。




さて次の仙人、、
またしてもボロ服、、、

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鉄拐仙人(てっかいせんにん)と言います。

道教の代表的な8人の仙人=八仙人のひとり。

口から気を吐いて分身を出す術を使います。

足が悪いため、鉄製の杖を持っていますが、元気満々。



顔は横を向いていますが、ギリギリ人間に見えるって顔。

ここでは、服の表現に注目して下さい。

風が左から右を強く吹いている様子なのですが、
この服だけ観念的に描いています。

なんですかこの海辺の風に浸食された岩場のような表現の仕方は、、、、

先の簫史の服の描き方とほとんど共通性がないです。
画面が乱れたデジタルテレビのようです。


まぁ、こんな風に服を表現した人は、後にも先にも蕭白ひとりだけじゃないですか。






次は右隻の一番左の仙人。
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呂洞賓(りょどうひん)と言います。

彼も中国の八仙人のひとりで、中国の唐の時代の実在の人物です。
科挙の試験を2回受けて落っこちた呂洞賓は、
厭世観にとらわれて道教の行者に弟子入りしようとします。

師はかれに十個の試練を課します。
家族が死んだ幻想を見せられたり、
ひどい泥棒に遭ったり、虎に襲われたり、
はたまた美女に誘惑されたり、鬼神にからめとられたりしますが、

は一向に動じません。
これを見て、師はかれの弟子入りを許し、
必ずや仙人になれるだろうと言いました。

その後、呂洞賓は400年間、生きたと言われます。

そんな聖人な仙人が龍に乗っていますが、
この顔ではありがたみがないですね〜〜〜〜〜。


しかし、龍とその背景は劇画的なドラマ性を感じさせます。
さきの強風はここからきてます。



この道教の仙人は、その後、禅宗の師としても尊崇されていたようです。

画僧・雪村もこの呂洞賓を描いていますので、見比べてみましょう。

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まぁー、雪村の表現もたいがいですが、、、、、






では、ここからは左隻に描かれているものを見てみましょう。

子供達に囲まれて袖をひっぱられ、肩から胸があらわになって、
不気味な笑顔を見せる仙人。

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林和靖(りんなせい)または林逋(りんぽ)

林和靖は、北宋の詩人、浙江省杭州の人。

若くして父を失い、刻苦して独学する。
恬淡な性格で衣食の不足もいっこうに気にとめず、
西湖の孤山に庵に棲み、杭州の街に足を踏み入れぬこと20年におよんだ。

妻子をもたず、庭に梅を植え鶴を飼い、

「梅が妻、鶴が子」といって笑っていた。www

庵で鶴と梅とを愛して一生を隠遁して暮らしたという仙人。


西湖の風景や梅を詠んだ詩が多く、平静淡泊な詩風で、恬淡とした人生を愛した。
 

理想の文人として多くの絵師によってその姿が描かれています。


確かに曾我蕭白によって描かれた林和靖は社会性=を感じさせませんがね。笑
尊敬されるような人格の持ち主のようには、私には見えません。



ちなみに普通の林和靖のイメージはこうゆうものです。

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何となく「豊か」ですよね。



この林和靖に、「遊んで、遊んで」と絡んでくる子供達。
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唐子(からこ)たち。

子供なのに、、、、

かわいくないです、、、、

江戸中期の人には、ほほ笑ましく見えたりしたのだろうか?

は〜〜い、変顔で、パチり。






さて、次なる仙人は

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左慈
左慈は、中国後漢時代末期の神仙。
変化隠術の術など様々な仙術を使ったとされる。

左慈はかつて司空であった曹操の宴席に招かれ、
曹操がふと「江東の松江の鱸があればなあ」と呟いた時、
水をはった銅盤に糸を垂らして鱸を釣り上げてみせた。
(蕭白はそこを描いています)

また曹操が従者百人程を連れて近くまで出かけた折り、
左慈は酒一升と干し肉一斤を携えてそれを配った。
従者たちは皆酩酊し、満腹した。
曹操が不思議に思って調べさせると、
酒蔵から酒と干し肉がすっかり無くなっているとの事。
このため、曹操が腹を立てて左慈の逮捕を命じれば、
左慈は壁の中に消えていった。

また、市場でその姿を見たという者があったので追及させると、
市場にいる人々が皆左慈と同じ姿であったという。

仙人というのは、妖術使いでもあるのですね。


左慈の顔に比べ、
鯉や鶴は極めてまっとうな顔で描かれています。





さてさて、次は極め付きの奇相、醜顔。
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その名も蝦蟇仙人(がませんにん)

蝦蟇をせたろうております。

蝦蟇の顔の方がまだかわいいです。
どす黒い顔に赤い口紅(塗ってるでしょう〜、あなた)


また待女?に耳を掻かせています。

むむむ、

また、、この関係の怪しさ、、、、

それでも、
左慈や呂洞賓に仙術を授けられたという仙人。

おかっぱ頭がトレードマークらしいです。元公務員、、、、


鉄拐仙人と対の形で描かれる事が多い。
この「群仙図屏風」でも左と右の隻に描き分けられています。

中国ではマイナーな仙人である一方、
日本において蝦蟇仙人は仙人の中でも特に人気があり、
絵画、装飾品、歌舞伎・浄瑠璃など様々な形で多くの人々に描かれているそうです。






by hamaremix | 2016-12-17 21:23 | 日本の美 | Comments(2)
Commented by yuurakuotozaemon at 2016-12-18 20:57
浜本先生、今日の講義はめっちゃよかった
中国の軸はなんぼも見てきたけれど、いまいち解説が程よくなくて、参考になりました、ありがとうございました
Commented by hamaremix at 2016-12-21 13:44
ウケウリでしかありません。曾我蕭白が何を描いていたのか?
その疑問を自分なりに解きたくて、調べたんです。