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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

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浜本隆司のブログ

大和国・秋篠寺・技芸天

近鉄西大寺駅から北へバスで5分。

住宅街の細い路を曲がりくねって到着。

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ここは
大和国・秋篠寺(あきしのでら)の東門。


ここに有名な仏像、「技芸天」があるのは早くから知っていましたが、
やっと見に来ることができました。

なにしろ技芸天(芸術・芸能の技の神様)
もっと早くに来るべきだったのに〜〜。汗



中に入ると苔むした原生林のような、庭のような神秘的な空間。

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後で知ったのですが、ここは
平安末期に焼けてしまった金堂の跡だったのです。

秋篠寺は奈良時代末期に完成したのですが
平安末期に金堂・東西両方塔など主要伽藍を火事で
消失してしまっていたのです。

現在ある姿は鎌倉時代からのものです。


その金堂跡の森から、本堂(国宝)が見えています。
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技芸天は本堂におられるに違いないので、
いきなり本堂に入るのではなく
開山堂や大元堂などの伽藍周辺を散策します。

本堂の建築の様子を土塀を眺めたり、
植えられてる植物や足元の路の小石に眼をやったり、
技芸天を見るまでのプロセスをなんとなく考えて、
自分自身をもったいぶらせます。




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絵にしてみたい、葉っぱと実の関係。
なんでしょう?




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路の小砂利には団栗が同じような大きさで混じってます。

ミックスナッツみたいで、面白い。笑




しばらくしていよいよ本堂に入ります。

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本堂に入る時に、中から誰かが大きな声で喋っている声が聞こえました。

入ってみると、
寺の住職さん(?)と思われるなりの人が、
大勢の人を前に、なにやらこの秋篠寺のことを解説をされているところでした。

丁度、技芸天のことに話が移るところで、
私も話に聞き入りました。

技芸天は私のすぐ左手にいらっしゃいます。

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その説明によると
技芸天が今のように有名になったのは割と最近のことで、
仏像研究の中でも動きを中心に見ている方々の中で、
日本の他にない動きのある美しい仏像として、
脚光を浴びたのがきっかけだったこと。

そういえば、今までに見たことのない肢体の姿で
やや体を左に傾けて、
すこし踊っているようにもみえる動きを持っています。

また、技芸天という仏像がかって他にもあったかも知れないが、
今はこの秋篠寺にある一体のみ存在するということ。

そしてこの技芸天の最大の特徴は
頭部が奈良時代のもので、
それ以外の体の部分は鎌倉時代に作られたものであることだそうです。

え〜、全く違和感がないのに、、、

鎌倉時代の仏師の能力の高さが
この技芸天の美を作ったのでした。


この技芸天は秋篠寺の本尊ではありません。

この本堂には本尊の薬師如来がいます。
その脇侍に日光/月光菩薩がいます。
さらにその脇に 地蔵菩薩 薬師十二神将がいて、
一番外の脇に右に帝釈天  
左にこの伎芸天 がいる構成になっています。

そしてそれらが、手で触れるほどの近さにあるので、
触ろうと思えば触れる程で、
とっても身近に感じられました。


最後に技芸天の素晴らしさは
その体の動きにある現実味と
(ややエロティックな)優雅さだと感じました。

それは法隆寺の百済観音を見たと時に感じた
柔らかな存在性と同質のものでした。



技芸天/ウィキより

仏教守護の天部のひとつ。
『摩醯首羅天法要』『摩醯首羅大自在天王神通化生伎芸天女念誦法』に説かれ、
摩醯首羅天(大自在天=シヴァ神)が天界で器楽に興じている時、
その髪の生え際から誕生した天女とされる。
容姿端麗で器楽の技芸が群を抜いていたため、技芸修達、福徳円満の守護善神とされる。

ヒンドゥー教などに相当する尊格を特定することができず、梵名も不詳。
父尊の額から生まれるという出自に注目しギリシャ神話のアテナとの関連を指摘する説もある。
日本では単独での信仰がそれほど広まらなかったこともあり、
現存する古像の作例は秋篠寺の一体のみとされる。


by hamaremix | 2014-12-06 12:31 | 日本の美 | Comments(0)