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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

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浜本隆司のブログ

「孤」に込められたもの

今年の直木賞を受賞されたのは
浅井まかて
さんです。

その浅井まかてさんは
実は原田先生の
甥っ子のお嫁さんなのでした。


そのまかてさんが文芸春秋に
書家原田正憲(はらだしょうけん)先生のことを
エッセイとして書かれていました。


長くなりますが、
生身の原田先生のことがとってもよく書かれてあるので、
引用しておきます。


原田正憲という書家がいた。
私の叔父である。
二十代で日展に入選したが既成の権威を否定して、
一九六四年、江口草玄・井上有一氏らの墨人会に参加した。
その十年後、これも退会。
以来、その身をどこにも置かず属さず、在野で書き続けた。
自分のしていることは果たして「書」であるのか、
どこを目指せばいいのか、問うべき仲間はもういない。
自らそんな境地に追い込んだのだ。
厳しさと寂寞、そして清々しさを道連れの「孤」であった。

原田正憲は正しくいえば夫の叔父なので、血のつながりはない。
けれど実の姪のように可愛がってもらった。
叔父の一家と野山に遊び、土ひねりを指南してもらい、
猪鍋を振る舞われた。

叔父からの手紙や葉書が届くと、私たち夫婦はいつも四苦八苦した。
判別不能な文字が一行の何カ所も出てくるからだ。
夫は幼い頃からその字に接しているにもかかわらず解読を早々にあきらめ、
「これちゃんと届くのが凄いなあ」と、
宛名を判読しおおせた郵便屋さんに感心した。

叔父の書がいかなるものであったのかをここで表現するのは
難しいのだけれど、原田正憲という人そのものであったことは確かである。

生まれてきたこの世をじっくりと味わい、誰かが無駄だと切り捨てたものを
拾い上げ、見つめる。それが面白いと感じると、目尻を下げて微笑んだ。
法事の場面でふいに滑稽なことをいいだす俗っけも私には好もしく映って、
今もそれを思いだすたび胸の裡が明るくなる。

家族に一度も声を荒げたことのなかった叔父には、
ぎらりと鋭角に尖った部分もあった。
小器用に書いたものにため息を吐き、
誰かの模倣に片眉を顰め、
自分を飾った賢げな物言いには無言で返した。
そして理不尽だと思うことには真っ向から立ち向かった。
そんな時、必ず独りだった。

高校の教育現場では、手本を与えない主義を貫いた。
誰かが用意したものに従うな、
若い命のままに生き生きと書けばこそ、’いい字’なのだと説き、
生徒達と共に墨にまみれた。

叔父の躰が癌に蝕まれているのが分ったのは、四年前のこと。
幾度もの手術を経た後もあらゆる抗癌剤に挑戦し、
壮絶な副作用にも音を上げなかった。

正直申せば、私はその姿に微かな違和感を抱いていた。
勝手に一休禅師のごとく捉えていたからだ。
世の中は起きて稼いで寝て食って、後は死ぬのを待つばかり・・・
なのに叔父は死に抗い続ける。その理由が私にはどうも掴めなかった。

後に叔母と話をしていて、胸を衝かれた。
叔父は妻をこの世に置き去りにすることが忍びなかったのだ。
自らを’孤’に追い込むことはしても、妻を独りにすることには
断固として抵抗した。
実に叔父らしい生きようだったと、今は思う。

私が直木賞を受賞した時、
叔父は痛み止めの絶え間ない服用で朦朧としていたにも関わらず、
総身を輝かせんとばかりに喜んでくれた。
もはや自宅で最後を迎えんとする時期に入っていたが、
私は贈呈式と受賞パーティーへの招待状を出した。
招待状は叔父の棺に納められた。

叔父は自らの作品集「孤 原田正憲の書」の刊行を待たずに逝ってしまったけれど、
巻頭の文章にこんな一節がある。

ーーーー筆を置いたその時、もっと書きたい、もっと書きたいと思いました。
こんなに書きたいと思ったことは未だかってありません。

「招待状」(全文) 浅井まかて



原田先生はお墓を作らなかったそうです。
そして遺骨は先生のお宅に先生自身が意匠された小さな仏壇に
収められていました。
そして奥様がおっしゃってたのは、
「私は亡くなったら、主人の遺骨を私の棺に入れて、
アメリカから空へ打ち上げてもらい
宇宙に散骨することにしているんです。」

素晴らしいお話を伺うことができました。


絶筆「烟」2013
「孤」に込められたもの_d0218056_10545653.jpg





朝井 まかて(あさい まかて、1959年 - )さんは、
日本の小説家、時代小説作家。女性。大阪府羽曳野市生まれ。
甲南女子大学文学部国文学科卒業。
広告制作会社でコピーライターとして勤務した後に独立。
2006年より大阪文学学校で学ぶ。2008年、『実さえ花さえ』(応募時のタイトルは「実さえ花さえ、その葉さえ」)で小説現代長編新人賞奨励賞を受賞し小説家デビューする。
2013年、歌人・中島歌子の生涯を描いた「恋歌(れんか)」(講談社)で、本屋が選ぶ時代小説大賞2013を受賞、
2014年、同作で第150回直木賞を受賞。

by hamaremix | 2014-07-25 11:16 | アート | Comments(0)

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