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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

hammererix.exblog.jp

浜本隆司のブログ

今日は美術のお勉強です。

参考文献は「近代日本の画家たち」のなかのコラム
キーワードで見る近代日本絵画①
「美術とはなにか」
〜「美術」という概念誕生の背景〜


これ簡単にいうと「美術」という言葉がいつ誕生したか、
ということと、その時代背景を知ることです。


あっ、ここで無理な人はまた明日お越し下さいませ。笑


ではでは、読んでいきましょう。

絵や彫刻等を作り、観賞することは、いつの時代も世界のどこにでもあった
普遍的な営みかもしれない。しかし日本語の「美術」という言葉は、
それほど古くからあったわけではない。

ふむ。

初めて登場したのは、明治6年(1873)のウィーン万国博覧会に明治政府が参加する際、
ドイツ語のschone kunsteなどに相当する翻訳語として造語されたときである。

クンスト(芸術)ね。

ただ翻訳語として現れたばかりの「美術」は、詩や音楽を含めた「芸術」の意味に近かった。
また当時新奇だった「美術」は、美術下駄、美術傘といったように、
単にハイカラな流行語としても使われた。

はは、今の「アート」の言葉の使われ方に近いです。
何でもアートですから。

「美術」が今日のように造形芸術だけを示すようになったのは、やがて日本でも美術館や美術学校
といった近代社会の制度が整い普及するに至ってからである。
したがって、画家や彫刻家を含む「美術家」という存在もまた近代社会が成立する過程で初めて登場した。
かっては「絵師」や「仏師」などと称されていた。

武士や僧侶あるいは職人階級の作り手たちが、明治の世に移ってから、「画家」ないしは「彫刻家」
と呼ばれるようになったのである。
高橋由一の「丁髷姿の自画像」はその過渡期に奇妙さを象徴している。

油絵で描いた「ちょんまげの自画像」です。
元武士の画家は狩野芳崖、橋本雅邦もそうでしたね。
彼らは、明治維新で食いっぷちがなくなりました、、、

もちろん、造形技術の作り手たちが行なう内容自体は、「美術」が成立する前も後も大して変わっていない。
むしろ、過渡期に多くの画家たちがかっての身分であった武士の素養や意識をいくらか保っていたことが、
この時代の美術に特有の重々しさや厳かさを与えていたと言えるだろう。

もっとも出世した洋画家に黒田清輝や藤島武二らの旧薩摩(鹿児島県)出身の画家が少なくないのは、
「薩長土肥」出身者ばかりが優遇された明治社会の歪みも反映されているのだ。

う〜〜、政治的な人脈の繋がりは出世の大条件、、、

同じころ、過去の造形の営みを「美術」という新しい概念で捉えなおすことで、実証的な日本美術史を
形成する動きも始まった。アーネスト・フェノロサや岡倉天心らが奈良や京都の古社寺を訪れて、
調査のために秘仏の覆いを取った逸話は有名である。

この時に、仏像は信仰の対象から観賞の対象へ変わる道が出来たわけです。
また、日本人が作ってきたものを初めてカタログ的にピックアップされ始めたともいえます。

この蓄積を基に、明治33年(1900)のパリ万国博覧会のためにフランス語で最初の日本美術史が書かれ、
その後日本語で続々と美術史の大系が構築されるようになっていく。


歴史は作られる!です。


ただ、天心ら当初の美術行政を指導し美術史を作った人物たちは、当時も庶民階級の間で人気のあった
浮世絵や南画をあまり評価せず、書も美術のいちジャンルと認めようとはしなかった。

ヒエラルキーを作りたがるのは概ね上の人ですね。

彼らが西洋の油絵(西洋画)に相当する日本美術の中心に据えたのは武家階級の狩野派などによる絵画
であってそれを受け継ぐ美術機関として東京美術学校の日本学科を設立した。
今日、「日本画」と呼ばれる絵画は、さまざまな流派やかたちで展開した伝統的な平面表現のうち、
南画、浮世絵、書といったものを切り落とし、狩野派などを近代化するかたちで成立したまさに
新しい表現形式だったのである。


(足立元・あだちげん)


浮世絵を学ぶ学校作らなかったんですね、、
書に関しては、難しいですが、文字でありながら芸術的表現で高みにあるものも多いのですが、
能や文楽、浄瑠璃などと同じように伝統的な分野は民間の伝承に任されたという捉え方ができますが、
公教育からは排除されたんですね。




以上、ほぼ棒読みでしたが、なるほどがってんな内容だったのではないでしょうか。



きんこんかんこ〜〜〜ん



では、今日の講義(棒読み)はここまで。





























# by hamaremix | 2018-09-23 09:06 | アート | Comments(0)
 オハヨウゴザイマス。

朝は雨が降っていましたが、今日は昼から晴れるそうです、、
あっ、三連休初日ですね。

みなさん、イベントありますか?楽しんで下さ〜〜い。


私は今日は仕事ないですが、制作はします。
晴れてる方が絵を描くにはいい。

大概のことは晴れてる方がいいですよね。


それにしてもこの夏の天気には閉口しました。

今でも、まだ雨が多くて梅雨みたいで変ですが、、
猛暑に比べたら、全然いいですよね。


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コラージュ 255 「シリアルキラー」

この週末で「半分青」の未視聴の録画1週間分を一気に見て、
やっと追いつきました。

今日は生で、見ることが出来ました。
それと律と北川さんの朝イチも見ました。

これで、来週は一回一回、その日に見る予定。笑


北川さんの最終週に当ってのコメントを聞いていると、
まだまだ、すんなり行かない様子ですね〜
今日も東北大地震に遭遇したスズメ達ですから。

あの感じでいくと、そよ風扇風機は上手くいかないかな、、

人生うまくいかない時の方が多いということが、
「半分、青い」の裏テーマみたいなものですから、
はは、大方の予想を裏切って、
律とスズメは結ばれない気がしています、、、

あと、一週間でこのちらかったストーリーをどう終わらせるか、、

そんな意味でも、
すっごく、楽しみです。


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コラージュ 456 「ふるさとのレキシ」

自分が生きてきた年月を思うと、
10代、20代、30代、40代、50代と
どの年代も面白かったか。

特にどの年代がということはなく、
どの年代もそれぞれにワクワク、ドキドキの連続で、
刺激的でした。

そして、60代の自分の生活を考えた時、
これが、今のところ、

結構地味なんですね。

う〜〜、50代くらいから自分は60になったら仏門に入るなどと
よく冗談で言ってましたが、

なんか、静かに修行のようなことをしたかったんでしょうね。

人とのおつきあいも程々にして、
より、
制作に集中したいという気持ちの現れが
今の生活なんだと思います。


「友達なんていなくていいんだ」(ツマガリの銘台詞)

いや、私は大切な友達一杯います。

的な生活を楽しもう。














# by hamaremix | 2018-09-22 09:53 | ライフ | Comments(0)
制作は混迷中。
今までにない感情を表現するのに苦労しています。

デッサンも修正修正しながらですが、少しずつ正確な形に近づいてますが、
色彩がなかなか決まらないのです。
何度も、塗り直して、、、
もう、最初からやろうかなぁ〜なんて、考えたりしました。


でも、頑張ります。
新しい表現にはこれまでにないハードルがあるのだと思いますから。




今日は重箱の隅にあるCDを掘り返して聴いていました。
あまり聴かないCD(まぁほとんどがそうともいえますが、、、)を
聴くのが今日は新鮮かもって思っただけです。


そんな中、これはぐっときました。

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マリー・マーガレット・オハラ「ミス・アメリカ」


もう、いつ聴いていたか分らなくなってるんだけど、
30歳過ぎぐらいに聴いたはずです。
うわっ、30年前、、、、、



でも、とっても好きだったので、
いま聴いても、「懐かし新鮮」って感じでした。


自分の心の底に綺羅綺羅するものが一杯沈んでるんですが、
この音楽もそのひとつだなぁ。



音楽の深い森 362
マリー・マーガレット・オハラ 「Body's in Trouble」












# by hamaremix | 2018-09-21 21:02 | 音楽 | Comments(0)
すごい彫刻家!

感動的です、彼女の作品。


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素材とかは分らないんですが、なんらかの粘土、、

そしてそれを焼いた陶器か???

マテリアルはさて、
この動物の表現は凄いです。


愛もあるし恐れもある。敬意も。



このウサギ、、、、

魅力的すぎます、、、、、

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ちなみに彼女はこんな人

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う〜〜む、、

言葉がでてきません、、、、、ね、、、



すご〜〜〜〜い〜〜〜〜です。





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This is Art















# by hamaremix | 2018-09-20 21:16 | アート | Comments(0)
 「 太陽が2つに割れかかっている、、、
アメリカ政府が研究者たちから『危機的状況』として報告を受けた。」
などとというニュースをネットで目にした。

現在の太陽の画像が出ていて、なんか割れかかっている
ように見えなくもない。

太陽が割れる!?えっええっ、
なんで、みんなこのことを話題にしない?
パニックを恐れて、情報を拡散しないようにしてるのか?

事実だとしても
ニュースを流しても、誰も何の対策もできないし、
個人ができることなど微塵もないですから、、

なんで政府は太陽が割れないように対策をしてこなかったんだ、、
クレームを付ける阿呆もいないでしょう。

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(この画像は内容とは関係ないです。)







地球の終わりじゃん、、、、


ちゅっと真に受けてしまって、
しばらく不安になりました。


太陽の寿命は100億年と言われてきました。

今は45億年
断ったところ。
寿命はあと55億年。

これ、定説として言われてます。

太陽は今、盛り時期。
太陽人生の半分をすぎた。(あと半分、赤い)

で、
太陽は膨張し続けているしエレルギーも膨らんでいく一方だとか。

地球温暖化というのは、太陽の活動の活発化によるのかも?



地球は太陽が通常であってこその存在。

太陽が無くなってしまったら、
空の光が無くなり、温度も徐々にさがり零下100年度に
そして
地球は軌道さえ無くし
宇宙の何処かに飛んでいってしまうのです。

はは、笑うしかありません。



ニュースはともかく、
「太陽にも地球にも終わりがある」
ということをかなり自覚させられたニュースでした。




最近、たまたま、地球の終わる時をイメージすることが多かったので、
こんなニュースを真に受けたのかもしれません。

自身がなんか「世界の終わり」的な絵を描いているので、、、、






# by hamaremix | 2018-09-19 08:22 | ライフ | Comments(0)
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今日は高槻市原地区へスケッチに来ました。

まさに広い原の町。

まぁ、何ということのない田園風景ですが、
都会のJR高槻駅からバスで10分程北へ向かうと、
急に長閑な田園風景がひらけて、はっとする新鮮な視界が目に入ってきます。

この原地区はかっては原村と呼ばれ、
江戸時代の名勝地のガイドブックである「摂津名所図会」に掲載されているぐらい
有名な観光地だったようです。
さらに古く紀貫之が「古今和歌六帖」に

『原の池に生ふる玉藻のかりそめに君をわが思う物ならなくに』

という歌も残してますが、「原」で通るほどの地域だったようです。


今日は
しっかりお彼岸前に咲いた曼珠沙華と借り入れ前の田園、そして日本家屋群。
天候にも恵まれました。


みなさん、初秋のいい風景が描けました。





# by hamaremix | 2018-09-16 20:13 | Comments(0)

私の画浪人時代、、

高校を出たものの美大、芸大受験のため

浪人していた時代。


大阪、京都(関西)には美大芸大受験の塾が多くありましたが、

大阪よりかなり多い数の塾が京都にあったようです。


京都の◯○塾は有名な先生がやってるとか、

あそこは古い歴史のある絵画研究所だとか

噂が流れて、世の中に情報に疎い私なんぞも知っていました。



当時、何故か浅井忠という画家は有名でした。


なんでも京都の美術研究所の重鎮の重鎮という

話でした。


どんな絵を描くのかと気になって見てみると、

古〜〜い日本の風景を、

土臭く描いた油絵で、

昭和のテレビ第一世代の私には、

なんとも土臭い絵なのかと、面白みの無いこと〜〜〜

っていう印象でした。



残念な書き出しになりましたが、

本当の感想なので、、、



日本絵画の星-42(近代編)06

浅井 忠

(あさいちゅう)1856-1907



浅井忠の代表作と位置づけられていて重文でもあるのがこれ

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「 春畝(しゅんぼ)」1888年



この2年後、こちらも代表作
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「 収穫 」 1890年

「この頃、浅井の描いた日本の農村風景を見るとわかるように、
浅井がめざした写実とは見るものに安心感を抱かせるような情感を含んだ
リアリズムである。
ただ単に克明に対象を写すと言う意味での写実から
自然や人間の観察を基にしてそこに表れる自然観や生活感を
写すものに変化していることがわかる。/古田亮」


よく喩えられるのはミレーで、
日本のミレーなどと、、言われて、、、、


確かに自然をリアルに写すことよりも、
自然とともに生きる農夫や漁師の生活が浅井忠の主なテーマだと思います。

制作年代が分らないのですが、

これなども

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ミレー風です。


ですが、キリスト教が背景にあるミレーに比べると、
辛い生活感がにじみ出てくるしかないので、
まさにリアリズムと言えそうですが、
ありのままは辛いですね。



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農夫帰路 」 1887

当時の日本でも色彩はもっと豊であったはずなのに
この茶色ベースの色彩は
西洋古典絵画の一面的な捉え方からきているのではないでしょうか。


浅井はイタリア人画学教師アントニオ・フォンタネージに師事して、

彼から絵を習っているのですが、

フォンタネージの絵も茶色っぽいんですよね。




ですが、浅井のデッサン力は確かなものです。



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農家室内 」 1887


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「八王子付近の街 」 1887


このスケッチ風油絵なんかは、

当時の写真以上にこの時代の空気感が伝わってきます。




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藁屋根 」 1887


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「 綾瀬川付近ペン画 」1885年



これから約10年後の作品

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「 漁婦 」1896年


この絵の描き方には少し軽ろみが感じられます。





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「 武蔵野 」1898年

これは、、、あれ、、武士を描いてますね〜〜

/ 本作品は、武士が鷹狩りをする場面を描いたものである。

猟犬を連れた犬引きが、背丈よりも高い草むらに潜む野禽をおびき出し、

その獲物を鷹匠の放った鷹がいまにも捕えようとしている。

本作品は、農村や漁村の風景を主題とした作品にみられる浅井独特の情感の表出に乏しく、

歴史画風に描かれている。

また、武士の装束や馬などが克明に描写され、彼が得意とした脂っぽい色調ではなく

明るい色調で全体がまとめられている。

1905年(明治38)に彼は東宮御所東二の間の綴織壁飾の原画として《武士の山狩》を描いているが、

本作品はそれを連想させる。

武士の姿を歴史上のものとしてではなく、むしろ現実のもののように描いたところに、

武家出身の浅井らしさがある。/net 引用




1900年(明治33)から2年間フランスに留学しています。


グレーという地方を描いた水彩や油絵も有名です。




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「 グレーの洗濯場 」




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「グレーの森」 1904年


描く風景が違うと、絵も変わります。





こちらは最晩年の作品


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「 雲 」1903-07



とてもいいです。






さて、最後にプロフィールです。


浅井 忠

佐倉藩士の子として生まれた浅井忠は、

イギリスで洋画を学んだ国沢新九郎の画塾彰技堂に入門した。

同年、工部美術学校に進み、イタリア人画学教師アントニオ・フォンタネージに師事する。

1889年(明治22)には洋画団体である明治美術会の創設に加わり、

同会主催の展覧会に《収穫》(1890年、東京藝術大学大学美術館)

など多くの作品を発表した。

1900年(明治33)から2年間フランスに留学した際、パリ万国博覧会を訪れ、

アール・ヌーヴォーをはじめとするヨーロッパ芸術に魅せられた浅井は、

図案制作に関心を抱く。帰国後は京都高等工芸学校、関西美術院などで後進を育成した。


安井曽太郎梅原龍三郎石井柏亭津田青楓向井寛三郎を輩出しており、

画家としてだけではなく教育者としても優れた人物であった。また、正岡子規にも西洋画を教えており、

夏目漱石の小説『三四郎』の中に登場する深見画伯のモデルとも言われる。

1907年12月16日、心臓麻痺のため死去。
























# by hamaremix | 2018-09-15 10:46 | Comments(0)
 どん。
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しまりのない、ぼんよりしたかたち。

食べ物ってこうゆうぼんよりしたのがいいんですよね。


まずかたちから、こちらの気持ちを緩ませてくれます。


檸檬のかたちです。



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瀬戸内れもん、最近よく目にしますし、食べもします。


K先生から頂いたものです。


箱のデザインの爽やかなこと。


今日のお菓子365 (223)

瀬戸内銘菓

「瀬戸内れもんサブレ」

竹久夢二本舗敷島堂株式会社


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かたかなのサブレは見慣れた明朝体ですが、
「瀬戸内」とひらがなの「れもん」は
草書的な要素が一部あって楽しい書体でいいです。





ひとつでも食べごたえありました。

ごちそうさまでした。





# by hamaremix | 2018-09-15 08:13 | 今日のお菓子365 | Comments(0)

BB

ブリジット・バルドーって知ってますか?

まぁ、50歳位から上の人は知っていると思いますが、
それ以下の人は知らんだろうな〜〜。

女優です。

60年代に登場した、それまでの作られた女性像を覆して、
窮屈な女性像をぶち破り、自由きままにセクシーに、
新しい女性像を作った人です。

当時の男性たちは
まぁ、なんとエロいって思ったことでしょう。
また健全な女子達からはふしだらな〜〜って
言われたんでしょうね。


一昨日、たまたま彼女のCDを手に入れたので、
ここに登場です。



音楽の深い森 361
ブリジット・バルドー 「マンボ・イタリアーノ」





# by hamaremix | 2018-09-14 19:52 | 音楽 | Comments(0)
9月3日/台風21号/前日

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今から思うと、
この日の暑さと入道雲が今年最後の夏日だったのかもしれない。

あの猛暑がウソだったように、鎮まり、
秋の涼しい風が吹いてきました。

夜明けが遅くなり、夕焼けが早くなってきました。

やっぱり秋は来るんです。





その一週間後、
夕ぐれ前の秋空に映えるものが私の目に飛び込んできました。

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おお、今秋完成予定の、尼崎城。


久しぶりに見ましたが、天守の外観はほぼ出来てるじゃないですか、、、


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天守に続く道は整備中のようですね。


新しいビルが建つときとは比べようがないほど、
インパクトがあります。

江戸後期、いまから150年も前の城が
現代にタイムスリップしてきたようなものですからね。



大阪城に一番近い天守となりますね。



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尼崎とお城、全然結びつきませんでしたが、
こうして江戸時代にあったものが再現されると、
尼崎が本来の姿を取り戻したとも言えますね。


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西日の尼崎城




窓ガラスの衝突防止のステッカーが、現代的ですね。














# by hamaremix | 2018-09-13 20:37 | Comments(0)
富岡鉄斎は1836年、
京都三条で、法衣商の家に生まれます。

10代で一流の師について幅広い学問を学びます。
そして20代前半に長崎に遊学し長崎南画派の指導を受けることで絵を学びます。

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日本絵画の星-41(近代編)05

富岡鉄斎

(とみおかてっさい)1836-1924


このお人は、、、仙人か??


いえいえ、、仙人ではありません、、

しかし、ほぼ仙人のような生き方をした人のように僕には思えます。


生涯「画家は私の本職ではない」といいつつ、

画家としての名声を高め、

幕末〜明治〜大正を生き

文人たる

「万巻の書を読み、千里の道を行く

を座右の銘に、幼少の頃から学者を志します。



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その学問の領域は桁違いに広い。


まず富岡家の家学である石門心学から始まり、

国学、勤王思想、漢学、陽明学、詩文にまで及んでいます。



余技だという

絵画にしても南画(文人画)を中心に、

大和絵、狩野派、淋派などから

幅広い様式を学び吸収している。


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「大江捕魚図」



しかし、一般には南画の画家として知られているのはご承知の通り。


その南画って、苦手でした、私。


ですが、


2〜3年前の兵庫県美の「富岡鉄斎展」や

日本絵画の星で南画の画家を知るうちに、

少しずつその良さは分ってきたところですが、

自分には出来ない絵の様式なので、

やはり、得意ではない。



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「名古曽関」

このように今で言うライブ感が大切なんです、、
私、ライブ苦手なんです。




でも、

文人画の精神は好きです。


知識として世界を知るけれど、何ものにもとらわれない

その超俗という、浮世離れした精神の在り方は、

ある種のこころの理想ではないでしょうか。



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「秋華洞」

この絵、いいです、ほんとうに。


鉄斎は「千里を行く」を実践し、
日本各地を旅して自然を写生したそうです。

中でもいくつかの富士山の絵は、素晴らしいです。

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「富士山図」


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この辺りの絵は南画風ではなく、鉄斎独特の表現の追求の成果が
実を結んでいると感じます。


富岡鉄斎
橋本雅邦とほぼ同世代ですが、
画壇とは距離をおいていたようです。

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「蓬莱仙境図」

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「古木図屏風」

まさに自由奔放。


こんな絵もあります。


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「西郷南洲相撲図」

西郷どんの相撲を取る図ですね、、笑





生涯にわたる「余技」という絵の枚数は
約1万枚点、、、、、



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最後に富岡鉄斎
北摂にゆかりがあります。


清洲荒神の奥に富岡鉄斎美術館がありますので、

みなさん、是非。



















# by hamaremix | 2018-09-12 18:14 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(0)
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コラージュ450 「広告のあかり」

停電とその後の雨の影響かな、
体調アンド気分が低調です。

日照不足というのでしょうか、
光量不足が原因なのではと推測してます。

また、停電で集中力が落ちたってこともあるかもです。

ぼーーっと生きてるようで、
結構、集中するときはとっても集中してるんです。

徐々に集中力を高めていきます!!



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コラージュ451 「ファーザー・ジョン」

停電の
復旧祝いにアマゾンでCDを注文しました。
英国から800円くらいで新品のCDが届きます。

停電復旧祝いって、、、、


いや、
何かにかこつけてCDを
買いたいだけなんです。

新しい血の導入!!
イコール、新しい音楽は私の精神の血液です。




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コラージュ453 「揖保とファッション」

停電が復旧した当日、、
コンタクトレンズを無くしてしまいました、、、、

も〜〜、なんという失敗、、

ケースにコンタクトをなおしたつもりだったのですが、
次の日の朝みたら、右目のコンタクトがケースに入ってない、、、汗

もう、水回り、ゴミ箱、
そしてゴミのビニール袋をさらって、
徹底的に探しました、、、、、

でも、無かったのです、、

絶対にこの部屋にあるはずなのに、、、見つけられない、、

またまた、かなりのストレスネタをつくってしまいました、、、


あ〜〜、悪い運が続いてるような、、、気がします、、、、



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コラージュ453 「千手観音」

新しい絵の制作は、手探り状態から、
ちょっと方向性が見えてきたところです。

今までとは明らかに違う色彩で表現する必要があるので、
戸惑ってました、、、

ですが、錯誤しながらも色のイメージを突き詰めていくと
見えてくるんですね。



絵は日本の神話的ですよ。





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コラージュ454 「内なる水脈」




























# by hamaremix | 2018-09-10 20:07 | ライフ | Comments(0)
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こんばんは。
停電から、帰ってきました。

台風21号(燕)は史上まれにみる強風で、
関西地区を中心に尋常でない被害をもたらしまして、
想像もしていなかった5日間も停電生活を私に体験させてくれました。

最初の夜は蠟燭の炎で過ごすよるが新鮮で、
わ〜〜いい、キャンドルナイトってはしゃいだりする余裕がありましたが、
4日目ともなるとさすがに夜が来るのが、すこし憂鬱になってきました。

江戸時代までは日本人は暗闇の夜を
それなりに楽しんで生きてたんだぞ、って
自分に言い聞かせて過ごそうとしましたが、
やはり電気の光のない生活は
それに慣れた私たちにとっては、ストレスなんですよね。

電気は
空間を明るくし、時を刻み、
氷室の箱を作り
そして空気の温度も調整してくれています。
音楽や映像の文化を届けてくれる役割、
社会の事件や噂、ゴシップなど人々の香りを
届ける力にもなっています。

電気って、、、、



デジタル・ネイチャーと言う言葉が流行ってますが、
その前に
エレクトリック・ネイチャーに私たちは居るということを
身体でもってあらためて知らされました。


血管が身体の隅々にまでわたって身体全体の機能を維持しているように、
電線が私たち街の隅々にまではりめぐっていくことで、
社会全体が機能するのですね。

電線が滞ると
血管が詰まるごとく、電気が来なくなってしまった地域は
生存の危機になってしまいます、、、




大阪はまだまだ停電の地域があるそうで、
ほんと関西電力、キンデンのみなさん、
頑張って下さいね。

まだまだ停電中の人たち、
もう少しの我慢だと思います、頑張ってください。






# by hamaremix | 2018-09-09 22:20 | ライフ | Comments(0)
停電中で、オーロラドライブもお休み中です。

水とガスは来てるので、そんなに苦労は無いです。

シャワーが水で、そこだけ、気合いが要ります。

なんの水シャワーぐらい、って、チコチャンにしかられる?


復旧は、見えない列を並んでるようなもの、
何番目とかを気にしてると時間が、
長くなるので、気にしないようにして、仕事や制作や音楽に熱中する。

って、感じです。

携帯より。
# by hamaremix | 2018-09-08 05:58 | ライフ | Comments(0)
近代日本の絵画の星たちを巡る旅

日本絵画の星-40(近代編)04

橋本雅邦

(はしもとがほう)1835-1908


えっ、橋本雅邦って、誰、、?

ほとんどの日本人は知らないと思います。


私も絵の世界に居ながら、雅邦と作品について、つい最近まで知りませんでした。汗


が、

ちょっとした美術史本などには

狩野芳崖とともに必ず名が記載される程の画家なのでした。


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橋本雅邦


橋本雅邦と言えばこの作品です。

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 「龍虎図屏風」1895

龍と虎、、室町時代から続く、古典的なテーマ。


しかし、何か違う!!

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「龍虎図屏風」左隻

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「龍虎図屏風」右隻


何がちがうのか、、、

それまではこのテーマで描くのは水墨です。

しかし、しかし、
この龍虎は曖昧な「間」は無く、しかもしっかり着色されていて、
なんだが、水墨のような深みが
違うモードに変わっています。
分かりやすくいえば、漫画やアニメ風〜〜

昭和のアニメ黎明期のよう、、

それが明治の28年に描かれたということに
この作品の新しさがあったのだと思います。


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「騎龍弁天図」

この龍に乗る弁財天も、奇抜なアイデア絵ではないでしょうか。

狩野芳崖の「悲母観音」と繋がる表現に思えます。

明治維新の西洋化のなか、
日本の伝統的なテーマを新しく蘇らすといった挑戦だったと思います。


「龍虎図屏風」や「騎龍弁天図」のような作品は
橋本雅邦のなかでは珍しい方で、
他の多くの作品は江戸期から続く伝統的なものが多いです。

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「白雲紅樹」1890

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「月夜山夜」

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「蓬莱朝陽」1904




橋本雅邦(1835-1908)


雅邦の父の橋本養邦(はしもとおさくに)は武蔵国(埼玉県)川越の御用絵師であり、

慣習に従い5歳の頃から実父より狩野派のてほどきを受けた。

12歳の時正式に勝川院雅信(しょうせんいん ただのぶ)を師とする。

この一年前に狩野芳崖も入門しており、7歳年下で穏和な人柄の雅邦と、激情家の芳崖

性格は正反対であったが、共に現状の狩野派への不満と独創的表現への意欲を共有し、

生涯の親友となる。


安政7年(1869年)雅邦の号をもらって絵師として独立を許され、

池田播磨守の家臣高田藤左衛門の娘・とめ子と結婚する。

しかし当時既に絵画の需要は少なく、

また明治維新の動乱に際しては一時藩主のいる川越に避難することになる。

更に明治3年(1870年)に木挽町狩野家は火災で焼失、雅邦も財産のほとんどを焼失してしまう。

翌年には川越藩も廃止され、報酬を断たれ生活に困窮してしまう。


らまぁ〜〜、狩野芳崖ともども維新越えは大変だったようですね。


兵部省の海軍兵学校において図係学係として製図を行うようになった。

この後狩野派の絵師としての活動はほとんど出来なくなり、

一時は油絵を描くことさえ余儀なくされた。


転機となったのはアーネスト・フェノロサによる伝統絵画の復興運動であり、

フェノロサの庇護を受けていた芳崖と共に新しい表現技法を模索するようになる。




東京美術学校では下村観山横山大観、菱田春草、川合玉堂、らを指導しており、

その指導が近代美術に及ぼした影響は大きい。











# by hamaremix | 2018-09-02 10:28 | 日本絵画の星(近代編) | Comments(0)