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浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

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浜本隆司のブログ

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私は何故、美術や音楽、小説、映画、漫画など
芸術やカルチャーがこんなに好きなのか?

日々、ほとんどその世界に浸っている感じで生きてます。笑

美術では美しい色やかたちを見、音楽では美しい音を聴く。
本では美しい言葉を読み、映画では刺激的な音と映像を楽しむ。

この世の中は、不安定で、枠がない、不完全な世界であるのに対して、
芸術で構築される世界は、その殆どが
美しく構成され完結した世界がそこにあり、
そこに心理的な安心を感じているのかもしれません。

そして、そのつくり手の作者と作品というかたちを通した
対話(コミュニケーション)が好きなのです。


芸術の質は高くても、素人っぽくても全然いいのです。
そこにこころが込められているか?
そこにつきると思います。


スウェーデン出身のジョアンナとクララの姉妹デュオ、
First Aid Kit

先週紹介したFleet Foxesの曲をカバーしたものを
見つけました。
素人のカバーなんだろうなぁ〜と思いつつ、
これが、ほんとうに良かったんです。

みたら
162万もの試聴されている映像。

そして今やとっても有名な世界的なデュオのなっていると知りました。

サイモンとガーファンクル、エミール・ハリス、など
60年代の音楽にも影響を受けていて、
年輩者にも人気みたいです。わかる〜。

これデビュー前なのかなぁ?
初々しさにこころ洗われます。


音楽の深い森 241
ファースト・エイド・キット 「Tiger Mountain Peasant Song」(Fleet Foxes Cover)





サイモンとガーファンクルの名曲「アメリカ」もカバー。
曲を作ったポール・サイモンの前でのパフォーマンス。

原曲のシンガー・ソング・ライター的なしみじみさを
受け継いだ唄と演奏。

これはポール・サイモン氏、うれしいよなぁ〜。

半世紀も超えて自身の曲が受け継がれ、蘇ったのですから。


by hamaremix | 2016-07-29 20:20 | 音楽 | Comments(0)

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私たちの社会は、人の人権において
あらゆる差別をなくし、
弱い立場のものを、社会全体で助けていくという理念で、
この国をつくっています。

数十年前では考えられない程、
男女平等化は進んだと感じるし、
病気や障害を持った人に対する差別意識も大分と改善されてきています。

年老いた人には介護士さんが、
障害を持った人には多くの人がその支援にたずさわっています。

それは私たち人間、誰にでも起こる可能性のある
苦しみを少しでも和らげ、弱い立場にあっても、
生き生きと生きれる機会をつくっていこうする
私たち社会の望みであるはずです。

神奈川県の「やまゆり園」での出来事は、
本当に起こってはならない程、多くに人を死に至らせました。
哀しすぎるとともに、
なぜ、今、このようなことをする人間が出来てしまったのか?
分らないことが多いだけに怖いです。



その反社会的行為に怒りは限りなく大きいです。


おそらく生きてる価値が無いと思ったのは、
犯人の自分自身のことでしょう。




by hamaremix | 2016-07-28 23:03 | ライフ | Comments(4)
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石膏像の鉛筆デッサンを競う「デッサン・コンクール」。
今日選考に行ってきました。

力作が揃っていましたが、
今回の3時間×4回の授業ではちょっと足らない気がしました。
来年は5回に増やしましょう。


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コラージュ223 「ピュア・フェイス」

今日で前期の専門の授業は私の受け持ち分は全て終了しました。

お互いにこれから長い夏休み、
「何かを得た」という体験を是非して下さい。

また、9月に元気な笑顔に出会えることを楽しみにしています。




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コラージュ224 「完璧は怖い。」

ギャラリー白で盟友の福田新之助と三村逸子が揃って個展、
昨日から始まりました。

新之助の個展はインスタレーションです。
見るのに結構度胸が要ります。
閲覧注意ぐらいの衝撃がありますが、
綺麗なもの好き、潔癖症の方にはおすすめいたしません。

この作品については、
本人とじっくり話をしたいと考えています。


三村さんの作品はコラージュとドローイングの作品です。
数、量ともに見応えがあります。

三村さんの軽やかな生きざまが作品に現れていて、
こちらは誰にでも楽しんでいただけるものだと思います。

6日(土曜日)までです。


是非、行ってみて下さいませ。



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コラージュ225 「罪」

もう一度、今描いてる絵に関して、
自身の考え、表現すべきもの、これを描くことの使命を
しっかり見つめ直さなければならないと、

最終段階にきて思った次第。


このままでは駄目だ!!!!


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コラージュ224 「7月」


障害者施設に男が忍び込み、
障害を持った仲間をとんでもない程多く殺害した事件。

深夜、殆ど抵抗も出来ない状態で、
襲ったもよう。

障害を持った仲間に対する差別意識塊の男。

とっても哀しいのですが、
もう、怒りしかないです。

どうしてこんな男が成ったのか、
これまでの教育はどうだったのか、
深刻に考えていかなくてはなりません。

私は私で、身近で出来ることをやります。

差別意識はほんと、些細な気持ちも自身で見逃してはいけないと思います。




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コラージュ227 「雪・鶴・蛇」
by hamaremix | 2016-07-26 21:49 | ライフ | Comments(0)
渡辺華山は武士でした。

江戸詰の田原(愛知県)藩士である父・渡辺定通と母・栄の長男として、
江戸・麹町の田原藩邸で生まれています。

幼い頃は元々収入の少ない2石足らずのお家だった上に、
父定通が病気がちで医薬に多くの費用がかかったため、
幼少期は極端な貧窮の中に育った。
日々の食事にも事欠き、弟や妹は次々に奉公に出されていったという。

この悲劇が、のちの勉学に励む姿とあわせて太平洋戦争以前の修身の教科書に掲載され、
忠孝道徳の範とされた。

こうした中、まだ少年の崋山は生計を助けるために得意であった絵を売って、
生計を支えるようになる。

早くから才能を画家師匠から認められていて、
谷文晁の弟子にもなって手ほどきを受けています。

天下一の画家を目指すも
39歳の時、藩の家老職に抜擢されてしまい、
できる人だったのです。笑
絵に集中できる人生ではなかったようです。

ですが絵も上手かったけれど、藩政のおける仕事も
幕府から日本一の仕事をしたと表彰されることもありました。

その最後は幕末期
開国論者として幕府攘夷論者から眼をつけられ、
最後は自らの意志で切腹し
その生涯を終える。

最後まで武士でした。

日本絵画の星 21 渡辺華山(1793-1841/江戸中・後期)

我々が知る渡辺華山で有名なのは肖像画です。
中でもこれでしょう。
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「鷹見泉石像」1837年 国宝

この絵の価値はとても分りにくいですね。
あまりにも普通に見えるからです。
しかし、それは今の時代の私たちの視線ですが、
江戸後期当時このように描かれた人物画は、
写真のように見えたのだと思います。

華山の人物洞察力、そして表現力がこの絵を
それまでの日本人絵師の肖像画の「隈取(くまどり)」技法とは違う
西洋的な明暗法を取り入れて、
より写実に近い表現を獲得しています。

烏帽子と刀をよく見て下さい!そこだけ写真のように見えます。

そのお顔から真面目で几帳面な感じがうかがえますが、
それはその経歴にも現れています。

この鷹見 泉石
(たかみ せんせき、天明5年6月29日(1785年8月3日) - 安政5年7月16日(1858年8月24日))は江戸時代の蘭学者であり、下総国古河藩の家老だった方です。
渡辺崋山の描いた「 鷹見泉石像」は泉石53歳のときの肖像。
絵画の部門では最も時代が新しい国宝である。

参考:鷹見泉石日記
『鷹見泉石日記』は彼が職に就いた12歳から、
60年間にもわたった自らの公務を中心に書き留められたもの。
彼の交友の広さと、客観に徹した文章のために史料価値は高い。
特に、藩主利位の大坂城代在職中に起こった大塩平八郎の乱については
彼自身が鎮圧に当たったこともあって詳しく記載されている。
蘭学者らしく日記中に各所へカステラを贈答する記事が記載されているが、
どこで製造されたものか詳細不明である。
古河歴史博物館編全8巻が吉川弘文館より刊行されている。
『鷹見泉石日記』をはじめ書状・地図・書籍・絵画・器物など、
古河歴史博物館が所蔵する鷹見泉石関係資料3153点が、
2004年に国の重要文化財に指定された。



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「佐藤一斎像」

鷹見泉石とはがらと違った空気感。佐藤一斎。
繊細で頑固そうです。細かいこ所作を注意されそうな、、、

華山が18歳の時に江戸の昌平坂学問所に通った時に
佐藤一斎から教えを受けていますので、華山の蘭学の先生です。

肖像画では眼が寄っているところ、そして左右の眼の描き違えが見事です。
また眉や髭や頭髪といった毛の表現にリアルを感じます。

周りでこの絵を見たひとは「ほんとよく似ているなぁ〜」と
にやにやしたんではないでしょうかね。

佐藤一斎(さとう いっさい)
安永元年10月20日(1772年11月14日)- 安政6年9月24日(1859年10月19日))は、
美濃国岩村藩出身の著名な儒学者。
儒学の大成者として公に認められ、昌平黌の儒官(総長)を命じられ、広く崇められた。
当然、朱子学が専門だが、その広い見識は陽明学まで及び、学問仲間から尊敬をこめて『陽朱陰王』と呼ばれた。門下生は3,000人と言われ、
一斎の膝下から育った弟子として、山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠、若山勿堂、
池田草庵、東沢瀉、吉村秋陽、安積艮斎、河田藻海、竹村梅斎、など、
いずれも幕末に活躍した英才がいる。
同門の友人には松崎慊堂がいる
また、一斎は常に時計を持ち、時間厳守を第一とする厳格な性格の持ち主であった。だが「蛮社の獄」では、無実の罪で窮地に落ちいった渡辺崋山を擁護する毅然とした対応を取らなかったので、後々(特に明治以降)「言行不一致」と批判される事となった。いとかなしい。






もう一枚有名な肖像画。
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「市河米庵像」

このままさらに明暗をつきつめると、ほとんど写真のようになるでしょうね。
それほど目鼻口それぞれのパーツの位置と間隔が
正確に描かれているのではないでしょうか。

右頬に瘤も描いてあります。



市河 米庵(いちかわ べいあん)
安永8年9月16日(1779年10月25日) - 安政5年7月18日(1858年8月26日))は、
江戸時代後期の日本の書家、漢詩人。
通称は小左衛門。



華山のこのみたままの写実へのこだわりには並々ならぬものがあって、
充分な観察やスケッチがなければ絵が描けなかったようです。

1835年(天保6年)、画家友達であった滝沢琴嶺が没し、
崋山は葬儀の場で琴嶺の父・曲亭馬琴にその肖像画の作成を依頼された。
当時、肖像画は当人の没後に描かれることが多く、画家はしばしば実際に実物を見ることなく、
やむを得ず死者を思い出しながら描くことがしばしばあり、
崋山の琴嶺像執筆もそうなる予定だった。
ところが崋山はそれを受け入れず、棺桶のふたを開けて琴嶺を覗き込んで素描し、
さらに顔に直接触れたという(馬琴『後の為の記』)。
これらは当時の価値観や風習から大きく外れた行動であったでしょう。


ありそうな伝説です。




人物肖像画以外では、
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「猛虎図」
今、虎は超虚弱ですがね、笑

渡辺崋山は田原藩士の子でした。当時の田原藩は借金がたくさんあり、
借金の棒引き交渉をしたそうですが、その際、貸し手の加藤家という商家が渡辺崋山に
猛虎の絵を描いてほしいと依頼し、それで描かれたのがこの作品だそうです。

見たこともない虎、描くのに苦労したはずです、、、笑



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「月下鳴機図」

こうゆう南画的な風景は、本来もうすこし軽やかに描くものですが、
華山場合、隅から隅まで細かく丁寧に描き込まれています。

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「黄檗一炊図」


同じく!


華山はまた沢山の書物を出してもいます。

スケッチをして人の動きを観察したものに「一掃百態」があります。


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一掃百態「寺子屋図」

子供たち遊び回っていますね〜〜〜笑


この、他動物の観察スケッチなども、、、、



また、その生い立ちや、政治的な言動、
絵師としてのことなど、波乱に富んだ人生は
今でも研究者の関心を引き続けているようで
多くの研究書が出版されています。
by hamaremix | 2016-07-23 10:28 | 日本絵画の星 | Comments(0)
ヴォーカル・ハーモニーが一番好きなのかもしれません。
人の声が2人でもハモると奇跡のような美しい響きを生むことがあります。
それが3人、4人と増えていくと、今度は美しさに加え
優しい力強さも生まれてきます。

このフリート・フォクシーズ
美しさと力を優しい力強さを持った最近のグループですよね。


人気のPV。なんだろう?この面白さは。


音楽の深い森 240
フリート・フォクシーズ White Winter Hymnal







ちょっと哀しい、、、
by hamaremix | 2016-07-22 22:59 | 音楽 | Comments(0)
春に李さんと会食した時に、
是非「アトリエに招待して下ださい」と言われていたので、
やっとですが、
前期末、最後の授業の日に
この日だとみんな作品も完成しているだろうし、
気楽に来れるだろうと思いセットしました。

アトリエに人をお招きすることは今までに、
2度しかなくって、
ここ数年は誰も来ることのない離れコジマのアトリエでした。

なので前日からの掃除が大変でした。爆笑。

そんな広いアトリエでもないので、
窮屈だよ〜、煙草臭いかもよ〜
とは言ってましたが、


なんとか8人分の椅子も用意できて、
かたちにもなり、
みんなも喜んでくれたようだったので、
よかったです。

「学校以外でこのメンバーで集まることなかったもんなぁ〜」って。
親交ができて彼らにとっては良い時間になったみたいです。

少しお互いの進路についても語り合えたようだし、、、


そして
私の個展の内覧会のようなかたちにもなりました。笑

ちょっとでも刺激になればいいのですが、、、


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こんな日が来るなんて、、、2でした。
by hamaremix | 2016-07-22 21:29 | ライフ | Comments(0)
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2016年7月20日

この17日日曜日
中学生教員時代だった頃の生徒たちと会ってきました。
30年ぶりです。

当時同じ学年の教師だったマ太郎先生から
2週間ほど前に、これも30年ぶりに連絡があって、
開催の知らせをもらったので、
それから、ずっと
その日を楽しみにしていました。

私の教員生活でも唯一、中1から中3まで担任として関わった
学年だったし、
やはり「荒れ」も当然あったし、
何かと喜怒哀楽が激しかった3年間で、
生徒たちに対する思い入れがとっても深かったのです。

誰が来るんだろう?

当時13〜15歳だった子供たち、
今いったいどうなっているんだろう?
今は大体43歳かぁ。

想像がつきません。

再会を思って楽しみが膨らんでくると共に
しかし、その前日からそわそわし始めました。

でも、私のことみんな覚えているのだろうか?
「あんな先生いた?」「何となくいたような〜」
みたいな、彼らの中で私に関する記憶というか
情報が残っているんだろうか?

自分自身の中学生の頃の記憶を振り返ってみた時に
あまりいろんなことが、記憶に残ってないんですよね〜。

なので、同窓会に行って、
残念な気持ちにならないかと、とっても不安になりました。

そんな訳で
当日、
会場のダイニング・バーの扉を開ける時は本当に緊張しました。

扉の窓には「4中ばんざい」みたいな文字のデコレーションがあって、
その扉を開けて中に入った瞬間、

すでに沢山の生徒たちが来ていて、
多くの人と眼が合いました。

誰が誰か全く分からないのですが、
「いやー」って
軽くみんなに挨拶したとたん、

彼らは私と気づいてくれて、「わ〜」という歓声と大きな拍手でもって
向い入れてくれました。


そこから、30年ぶりの再会の嵐。

会いたかったみんなに会えて、本当に良かったです。

彼ら自身も初めての同窓会だったので、
それぞれの再会が感動的だったに違いありません。


まさか、こんな時間が来ようとは、、、、、

大げさでなくミラクルな時間が流れていました。

こんな時が来るなんてなぁ〜ってづっとつぶやいてました。笑



そのときの時間に感じた感情は、
教員をしたものにしか味わえない特別なものでしょう、これは。

あまりうまく言葉にできませんが、
先生と生徒がもみくちゃになって、泣き笑いした体験が
お互いを懐かしく包んでいます。

そう、懐かしすぎるにも程があるって時間でした。

何人かの生徒に
当時のことで私が知らなかったことを
想い出として語ってくれたことが、
嬉しかったですね〜。


私が忘れていたことですが、
「学校で作品が売れたからってお菓子を沢山配ってくれたのを覚えてる。」
って、
2〜3人の生徒が語ってくれました。

は〜、そんなことしたかも。
そんなところを覚えてるんだぁ〜って思いました。


多くの生徒は、パッと見ただけでは誰か思いだせないのですが、
しばらくその容姿や振る舞いをみていると、
ぱ〜んって名前が浮かび上がってきました。

多くの生徒がそんな感じですが、
全く変わらない顔の生徒もいて、
すぐに分かりました。
それは可笑しかったですね〜。


あまり、多くを書くことが出来ませんが、
集まったみんなは、今を生き生きと生きていることを
感じられました。



私に中にづ〜とあった、
「あの子たちはいったい今どうしているんだろう?」
という人生の興味深い謎、

二度と会うことはないだろうと思っていた生徒たちのことなので、
そのことが実現できて、
また、お互いの今を確認できて、
本当に嬉しく幸せな時間でした。



最後に、会を主催してくれた人達。
本当にありがとうございました。

ほんとうに人生の大きな励みとなりました。

それとお手紙ありがとう!!!

折につれみんなのことを思いだすと思います。








by hamaremix | 2016-07-21 01:14 | ライフ | Comments(0)
あるもののデザインの内容がわかる図。

最上段が元ネタというか商品?
その商品を重ね重ねて
最下段のマークとなったのです。
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まさか?の柿の種。

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柿の種専門店の「かきたねキッチン」のマークでした。


柿の種なんて、低額で沢山食べれるビールのあての代表みたいなものですが、

この専門店の柿の種はかなり違うのです。

リッチな存在なのですよ〜。

味も「帆立風味の海鮮風塩だれ」とか「てりやけマヨネーズ」とか、
高級な品なんです。

おされなデザインの箱に入ってるんです。

ほほ〜〜〜

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今日のお菓子365(105)
「かきたねキッチン/てりやきマヨネーズ+バターピーナッツ」
とよす株式会社 大阪府池田市住吉

柿の種、結構大きいんです。


は〜〜〜、これは美味すぎます。

とまらない、、、、、


ああ〜〜〜〜、

一気に食べてしまいましたぁ〜〜。


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K先生ありがとうございました!
by hamaremix | 2016-07-19 22:33 | 今日のお菓子365 | Comments(0)
クラムボンの原田郁子
クラムボンは割合にマニアックな音作りをするので、
気楽には聴けないんですが、
原田郁子のソロ(1st)はナチュラルなテイストで、
いつでも思いつくと、気軽に聴くことができるんです。

あっこちゃんのセンスをさらに楽にした感じ。

特に夏になると、いいですね。あいます。

「海からの風」と「トウィンクル」の2曲が大好きなんですが、
いい動画が見つからなかったので、
これにしました。

これは映像もとってもいい。


音楽の深い森239
原田郁子 「たのしそう かなしそう」


by hamaremix | 2016-07-15 23:58 | 音楽 | Comments(0)
あのレンブラント(・ファン・レイン)の新作が公開されました。

えっ、レンブラントってバロック期にオランダの画家の?

そう、そのレンブラント(1606-1669)です。


レンブラントの作品を人工知能に徹底的に研究させ、
レンブラントの絵の技を全て理解した上で、
その人工知能にレンブラントが新しい絵を描いたとしたらどんなものになるか?
ということで描かせて見たのがこの新作なんです。

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はぁ〜、画像でパッと見はまさにレンブラントですよね。

しかも凄い写実能力です。

ここでは確認できませんが、絵の具の厚みまであるそうです。

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凄いですね〜、まさにレンブラントの作品としか言いようがない陰影の感じです。

左目にやや違和感を感じますが、
他は言うことなどありません。


人工知能って恐るべしですねぇ〜、

は〜〜〜

このまま進化すると

私をレンブラント風に描いて下さい、ということがあっても出来そうですね。笑


このレンブラントの新作、これはいったいどうゆうものなのでしょう。

芸術作品?

科学の実験結果?応用?

たとえばこの作品は有名になったので、
ある程度の価格で売れるとは思います。

人工知能が初めてレンブラントの新作として絵を作った、、
事件。
話題性はとても大きい!!

しかし、、、これは事実としてレンブラントの新作ではないので、
レンブラント作ではやはりないのです。


事件として話題なのは、人工知能が
レンブラントのことを知り尽くした上で
レンブラントの新しい絵画を創造したということです。

いや、これは本当に凄いことです。

コンピューターがレンブラントの芸術のレベルに到達したということですよね。


しかし、しかし、これは芸術でしょうか?


たとえばレンブラント風に絵を描ける人は世界に10人はいると思うのですが、
その中の誰かレンブラントの新作として絵を描いたとしたらどうでしょう?
絶対話題になりませんよね。

結局技術は凄いけどオリジナリティーなないのか?って批判されるはずです。


またこれとは逆のことを考えてみましょう。
これは人工知能が人間に迫ったということですが、
人間がテクノロジーに迫るということがあると思います。

たとえば、写真の様に絵を描く!ということ
これはよくありますよね。

フォト・リアリズム。

これはあまり芸術として高い評価があるわけではありませんが、
人々の感嘆を得ています。
「写真のよう」ってことで。

それはある種のマジック(テクニック)です。


同じ意味で今回の人工知能によるレンブラントも
感嘆すべきテクニックではあるのですが、
2回目以降はあまり意味を持たないようなものではないでしょうか?

人工知能はこんなにもすごいんだ、、、という
機能紹介の範囲を超えてはいないと思います。

やはり生身の人間が、
同じ時代に、似たような日常を生きて、
その喜怒哀楽をもった人間が、
生活の中で産みだしたものだからこそ
他者の共感を得るのです。

人工知能が描き上げた絵にこころの背景はありません。


よって、これは芸術ではないのです。
by hamaremix | 2016-07-14 22:47 | アート | Comments(2)